夢の手枕
A5/28P/200円/コピー
緋紅小説本(15禁)
実月個人誌。(表紙:仲村)
以前発行した捏造緋影アナザーエンド本で入れられなかった小話三本詰めのコピー本です。
一部Webからの再録と、R15程度の濡れ場描写を含みます。
※「胡蝶の夢」、「夢幻抱影」を前提とした話ばかりなので、単体で読むと意味が通らないと思います。
前二冊以上に人を選ぶ内容なので、何もかも許せる人向けです。
本文サンプルは続きから。
◆「夢の手枕」本文サンプル
#「tender solicitude」
(本文途中から)
やがて、彼女――紅百合が思い出したように言った。
「前に、ウサギちゃんがご褒美だって食事を持って来てくれたことがあったよね」
ああ、と頷いてみせる。
欠片集めには見返りがあると示すため、駒を効率良く動かすための方策の一つだ。
この館で記憶を取り戻した場合、その多くは死んだという自覚までは至らない。彼らは食事や睡眠といった、生前と変わらぬ行動を取り始める。
だが一般に、狭間へ落ちてくるのは魂と呼ばれるものであり、そのほとんどは身体が失われている。よって、この空間に存在する者は、寝食などの行為を行う必要はない。
しかし彼らの認識は生きている時と変わらないため、時間経過に伴い空腹を知覚したりもする。
その上、この世界では強い意志がなによりも優先され、反映される。
なので仮に、飢餓感を覚えるほどの空腹が続いたとしたならば、本当に餓死する――と本人が思い込んだ結果、事実となる――こともありえない話ではない。
といっても、実際にそこまで試したことはないので確証はないのだが。
何にしても、この館で記憶を持つ者にとって睡眠や食事は欠かせないものであり、それらがある程度保証されているからこそ、彼らは気を触れさせることもなく「人間らしい」生活を送れている。
ゆえに、食事を褒美に据えるのは当然の帰結といえた。
また、食事を出せるということは、食事を出さないようにも出来るということ。館の主に生命線を握られていると強く認識させるためにも丁度いい。
「あれは毎回、頃合いを見て出すことにしていた。まあ、本来はいつの間にか部屋に食事が置かれている、という展開を想定していたんだけれど……君があの子に気づいたおかげで一騒動起きたんだったな」
「あ、あはは……あの時は本当にびっくりしたよ。閉まってたはずのドアから人の手が出てて」
基本的にウサギは「信用しない相手」という配役に置いていた。
そのため、ウサギが運んできたものを簡単に受け入れるわけにはいかなかったのだが、一番歩み寄りそうになかった山都が率先して動いてくれたのは助かった。
「すごく美味しかったし、見た目も随分凝ってたよね」
「そうだね」
生前のあの子は料理なんてしたこともなかったはずだった。それがあの腕前にまでなったのだから、払った努力はいかほどだろう。
そう、どれほどの時間を――そんな努力が実を結ぶほどの時間を――あの子に貸してしまっていたのか。
「……そういえばあの食事、しいたけが入ってたよね」
ぽつりと、紅百合が呟いた。どうやら、思い出さなくてもいいことまで思い出してくれたらしい。
人の弱味をあげつらうのは感心しない、そう口を開きかけて、すぐに止める。
彼女の表情からは、相手をからかおうという意思は一つとして感じ取れなかったからだ。
「でも、あれは主様……緋影くんが作るように言ったんだよね?」
正確には、こちらが強要したのではなく、あの子の方から私が作りますと買って出たのを了承した結果である。
とはいえ、わざわざ訂正する必要もないだろう。
「そうだけど。それがなにか?」
「ウサギちゃん、主様の言うことには絶対服従、って感じだったから。なのに、緋影くんの苦手なものを入れてたのがちょっと不思議だなって」
#「dreamy thought」
(本文途中から)
「緋影くんは……自分の誕生日って、覚えてる? その、私はまだよく思い出せてないんだけど」
「……なんでまたそんなことを知りたいと思ったのか、僕はそちらの方が気になるね」
質問に質問で返しながら、読みかけのページに栞を挟んだ。閉じた本を脇に置き、彼女の方へと向き直る。
理由次第では応えないこともない、そう態度で示してみせると、紅百合は言いにくそうに口を開いた。
「……最近、これといった成果もないままだし、なにか気分転換になるようなことを出来ればと思って」
「それと僕の誕生日にどう関係が?」
「誕生日のお祝いをするのはどうかなって」
何故そんな結論に至ったのかは謎だが、とりあえず気になったところを指摘してみる。
「仮に僕の誕生日がわかったとして、今がその日かどうかわからないだろう」
この狭間における時間の流れは、現世のそれと同一ではないはずだ。自分でも、もはやどれほどの間ここに居るのか見当もつかない。
「わからないけど、でもお祝いは出来るよ。当日にしかお祝いしたらいけないってことはないんだし」
「その理屈からすると、わざわざ僕の誕生日を聞く必要はないように思えるけど」
ただ単純に、誕生日にかこつけて祝い事をする、それだけでいいはずだ。
「それはそうなんだけど……でも、知らないよりは知ってた方が気持ちが盛り上がるじゃない?」
そんなものだろうか。よくわからない。
一つだけわかることは、そのお祝いとやらをするのは彼女の中では既に決定事項であるらしい、ということだ。
(誕生日、ね)
覚えていないわけではなかった。
彼女とあの子のおかげで自分を取り戻した際、多くの記憶も復していた。
ただ、そのほとんどは良い気分のしないものであり、それは誕生日に関しても例外ではなかった。
要するに、「自身の誕生日」とは祝い事とは程遠い代物でしかない。そもそも、生前に良い思い出と呼べそうなもの自体、数えるほどしかない。
そうした身の上を、不運だの不幸だのと、今更嘆くつもりはなかったが。
(……君が、いてくれたなら)
もう少しばかり、笑って話せる思い出もあったことだろう。
――ああ、これだから。
彼女と過ごしていると、夢見がちなその思想に毒されてしまう。
そんなものはあり得ない。今自分が夢想したそれは、紛れもない悪夢に他ならない。
だから早く。早く彼女を悪夢から解放し、彼女が生きるべき現世へと返さなければ。
下らない思考を打ち消し、彼女へ告げる。
「君の誕生日なら、確か三月二十二日だったはずだ」
「え?」
館の主であった自分は、狭間に落ちてきた者の記憶を見ていた。そうして得た情報を使い、欠片集めの駒として利用していたのだ。
「そっか、三月……春生まれだったんだ、私」
案の定、紅百合はその表情を綻ばせた。
そんなに喜ぶのなら、まだ思い出せていないであろう多くのことを告げてやるのもいいかもしれない。
(……いや、やめておこう)
現世に返れば、失われた記憶も元に戻ることだろう。
なにより――彼女はまだ、知るべきことを知らずにいる。
それを明かすのは自分ではないのだろうし、また、当の本人は話すつもりもないのだろう。
言えば、確実に彼女を苦しめることになる。奴がそんな真似をするはずがなかった。
(……)
ある意味、彼女は甘やかされ続けているのだろう。
記憶を覗き見た際、そのことに苛立ちを覚えたことは否定しない。同時に、真実を知った時の絶望はいかほどだろうと、この上なく胸が躍ったこともよく覚えている。
だからだろうか。
「――僕の誕生日は、一月一日」
ほんの少し、幸せに夢を見続けようとする彼女に、現実というものを突きつけたくなってしまったのは。
「すごい、元旦なんだ」
「正確には、一月一日は元日で、元旦は元日の朝のことだけどね。まあ、元旦も元日と同じ意味で使われはするけど」
「……勉強になります。でも元日生まれなんて、すごくおめでたいよね」
――ああ、君ならそう言うと思っていた。
「そう?」
そうだよ、と大きく頷き返してくる紅百合。
今からその表情を歪めようとしている自分になど、万に一つも予想していないんだろう。
「その発想はなかったな。僕にとってその日は、恨み言を繰り返されるだけの日だったから」
「……え?」
「前にも話したと思うけど、僕の実母は癇癪を起こしては僕につらく当たっていてね。毎年、年が明けたその日は特にひどかった。――めでたいものもめでたくない、とね」
印象が柔らかくなるよう、かなり言葉を選んだつもりだった。だがそれでも、彼女の表情はこれ以上ないくらいに強張った。
#「夢の手枕」
身動ぎする度に、頭の上に掲げさせられた手が戒められているのを実感する。
私の両手首は、さっきまで胸元に結わえられていた白いスカーフで縛られていた。どうにか力を入れてみても、その結び目はびくともしない。
(……なんで、こんなことに……なっちゃったんだっけ)
目の前の、はだけられた胸に舌を這わせている相手を見つめる。彼が私から両手の自由を奪った。
「っは……あ、っ」
断続的に与えられる刺激に、思考が霧散させられていく。
その度に、自分の内側に熱が蓄積していくのがわかる。その熱のせいで、ますます考えがまとまらなくなる。
(え、と……たし、か)
彼の不興を買った結果が、今の状況だったはずだ。
繰り返された注意に従わない私に業を煮やし、彼はこんな行動に出た。
けれど、私だって好きで従わなかったわけじゃないし、私がそんな行為に走ったのは元を質せば彼のせいともいえる。つまり、私だけが悪いわけじゃない気がする。
「っ……ぁ、あっ」
今は無理だけれど、これは後でちゃんと抗議しなければ。
そのためにも、もう一度経緯を思い返してみることにした。
***
彼に触れられると、出そうとも思っていない声が勝手に出てくる。
もちろん、どこでもというわけではない。
普段は服を着ていて、外気に触れさせることの少ない素肌。そこを彼の手指が滑るだけで、肌が粟立つような感覚に陥る。
ただそれは、あくまで粟立つ「ような」であって、寒気がして鳥肌が立ったりするのとはまた別の――うまく言えないけれど、いわゆる、嫌な感じのものではなくて。
そんな持て余し気味の感覚に伴う形で、声が出る。というか、漏れる。それも、普段の声よりも高めの、どこか悲鳴じみたものが。
反射的に発しているそれを、人に聞かれて恥ずかしく思うなという方が無理な話だと思う。そして、それが大切に想っている相手であればなおさらで。
原因は彼だ。彼が触るからそうなる。自分で触ってみてもこうはならない。その、彼が触ったことを思い返したりした場合は少し話が変わってくるのだけれど、それについは今は置いておくとして。
彼から、そうされることが嫌なわけではなかった。少なくとも、これまで嫌だと感じることはなかったし、むしろ今は、触れてもらうことを望んですらいるのだと思う。
でも、あられもない声を聞かれるとなると話は別で、出来ることなら聞かれたくはなかった。
だって恥ずかしいし、それに。
(……聞かれると、いじわるになる、っていうか)
より声をあげさせようみたいな、そういう方向に行為がエスカレートするというか。
その、行為そのものはそこまで嫌というわけじゃないけれど、結果として声を聞かれるのがちょっと、出来ることなら遠慮したいというか。
(それに、そう言ったところで聞いてくれそうにない気もするし……)
力はもちろん、口でだって彼には勝てる気がしない。
(私には理解出来ないこととかよく言うし、聞いても教えてくれないし)
結果として、私は声が漏れないよう指や唇を噛んで凌ぐという方法に出るしかなかったのだ。
とはいえ、唇だと弾みでつい声が漏れることも多く、口の中に指先を入れて噛むのが一番効率が良かった。
強く噛めば当然痛いけれど、自分の指だしいくらでも加減は出来るわけで。
そして――緋影くんは、それがいたく気に入らなかったらしい。
「え……あの、緋影く」
口元から引き剥がされた手と、もう片方の手をまとめるようにして、頭の上に固定される。
そうして、緋影くんはベッドサイドからなにかを取り上げた。目の端に白い布のような物が見えて、先ほど私の胸元から引き抜いたスカーフだとわかる。
続いて、両手首になにかが巻き付けられる感覚。それもかなりきつめに。
私は慌てて声をあげた。
「な、なにしてるの!?」
「指を噛むのはやめるよう何度も言ったはずだけれど、一向に改善される様子がないようだからね」
「だ、だからってあの、これはちょっと……やりすぎだと、思うんだけど」
頭の上で両手が拘束されている。状況を端的に述べてみると、その異常性が際立つ気がした。
それに、ずっと両腕を上げた体勢が少しばかりつらい。
せめて腕の位置を戻そうとしたけれど、すぐに緋影くんの手に押し戻されてしまった。
「手首をベッドに括り付けるというのはさすがにどうかと思ってやめておいたんだけれど、今からでもそうしようか」
さらりと、緋影くんの口が恐ろしいことを言った気がする。
(そもそも、こうやって縛った時点でどうかと思うんだけど……)
とはいえ、彼の注意を聞かなかったのは事実だし、反論しても勝てる気がしない。というか、嫌な予感しかしない。
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基本的に会話しかしてません。また、これ以上のエロス描写も存在してないのでご了承ください。