the cat's whiskers
A5/36P/400円
同棲時代郁月(+みー助)合同誌
同棲時代でいちゃこらしとる郁月+みー助、をテーマというかノルマにした本。
漫画(仲村)と小説(実月)で1本ずつ描(書)いてます。
本文サンプルは続きから。
☆仲村(漫画)
☆実月(小説)
「ただいまー」
真っ暗だった玄関の灯りをつけて、鞄と買い物袋を床に置く。家の中に誰もいないことはわかっているけれど、なんとなく口にせずにはいられなかった。
だってここは、私一人で暮らしている家ではないのだから。
その証拠に、この家のポストには二人分の名前が記されている。
私の名字である「夜久」と、そして――「水嶋」、と。
ただそれも、数ヶ月後には一つになるのだけれど。
私はスリッパを履くと、荷物を持ってリビングへと移動した。照明のスイッチを入れ、鞄だけをソファに置く。
続いて買い物袋だけを持って、今度はキッチンへ。
「えーっと……忘れ物はない、よね」
買ってきたものを袋から取り出して、買い物用のメモと照らし合わせてみる。
卵とベーコン、いくつかきのこ類。あとメモにはないけれど、安くなっていた野菜がいくつか。
この家で作る食事は、基本的に郁と二人で作ることになっている。
買い物は早く帰って来られた方が行くルールになっているので、今日は私が買い出しをしてきたのだ。
「それと牛乳、だよね」
大学院を出てスーパーに向かう途中、何か必要なものはあるかと郁にメールをした。
届いた返事には、今日は少しだけ遅くなるかも、という前置きに続いて、牛乳を買っておいて欲しいとあった。
そういえば残り少なかった気がしたので、わかったと返信し、その通りに買ってきて今に至るのだけれど。
(牛乳……クリーム系のソースでも作るのかな?)
だとするなら、今ある材料的に、今夜のメニューはパスタあたりがいいかもしれない。
私は食材を冷蔵庫やストッカーにしまうと、ソファに座ってレシピ本を広げた。
「クリーム系の料理……あ、あった」
私の料理の腕は、正直いって相変わらずだ。レシピを見てその通りに作っているつもりだけれど、どうしてか美味しくはならない。
今見ている本のレシピも、一人で作るとなるとちょっと――どころかかなり――難易度が高い。けれど、郁が一緒ならそれなりにちゃんとしたものができるのだ。
(これって、郁に作ってもらってるようなものだよね……)
はあ、とため息が漏れる。
もっと料理の腕を磨かなければ。
数ヶ月後にはせめて、自分一人だけで作っても美味しい……とまではいかずとも、不味くないものができる程度にはレベルアップしないとならない。
そうやってしばらくレシピ本とにらめっこをしていると、携帯からメールの着信音が響いた。
「あ、郁からだ」
携帯を操作して内容を確認する。
(なになに……『遅くなってごめん。今から帰るよ』かあ。えっと、今からだと……)
時計を見て大体の帰宅時間を予想しつつ、メールの続きを目で追った私は、
「……『それと、今日から新しく家族が増えるから、よろしくね』……?」
記された文面の意味がわからず、思わず読み上げてしまっていた。
(新しく……家族が、増える?)
「え……えっ、ええっ!?」
メールはそこで終わっていて、それ以上の説明は何もなかった。
何かの冗談か、引っかけか、はたまた本当のことなのか――判別がつきにくいあたり、実に郁らしいメールだった。
けれど、送られた方はたまったものではない。
(いつもの悪戯? でも、そうじゃなかったら……)
一体どういうことなのだろうか。
私はわけがわからないまま、急いでメールの返信画面を開いた。
「家族ってどういうこと?」と疑問をそのまま打ち込み、送信。
けれど、いつまで待っても郁からの返事は届かなかった。
(もし、本当のことだとしたら、家族って……養子とか、そういうこと? でも、何でいきなり?)
まだ私達は結婚もしてないのに。
一応、数ヶ月後にはそうなる予定ではあるけれど、でも相談もなくいきなりそんなことって――
私は携帯を握りしめたまま、じっと座ってもいられず、窓の方を覗いたり玄関まで歩いて戻ってきたりと、一人で家の中をうろうろとさ迷い続けていた。
***
ピンポーン、とチャイムが鳴ったのはそれから一時間程後のことで、私はインターホンにも出ずにいきなり玄関へと向かった。
もどかしく鍵を開け、勢いよくドアを開く。
「郁!」
「わっ、と……どうしたの、そんな慌てて。ただいま」
郁の様子は普段と何も変わりがなく、件のメールの真偽を推し量ることはできなかった。
(もしかして……)
「ちょっ、何? 月子、落ち着いて」
彼の後ろに「新しい家族」がいるのではないだろうか。 そう考え、郁が立ちはだかるドアの外を覗き込もうとすると、両肩を掴まれてやんわりと押し戻されてしまった。
「郁、あの――」
「いいから、とりあえず中に入らせてくれる?」
言いながら、郁はやや強引に玄関の中へと入ってくる。
肩を掴まれたままの私も、強制的に一歩半ほど後退させられた。
(……?)
郁がドアから離れたにも関わらず、玄関の扉は閉じようとしない。
横目で確認すると、ドアの所に大きめのビニール袋が置かれているのが見えた。それが邪魔をしているらしい。
そうして薄く開いたドアを背に、郁はにやにやと私の顔を覗き込んできた。
「そんなことより、まずすることがあるでしょ?」
「することって……何?」
「さっき、「ただいま」って僕は言ったと思うんだけど?」
「あ……お、おかえりなさい」
「うん。……って、ほら」
郁は何かを促すように言い、少しだけ顔を近づけてくる。
そこでようやく、彼の言いたいことを理解した。
「ぁ……え、い、今、するの?」
「当たり前でしょ。ほら、早く」
にっこり笑顔で急かされるものの、開きっぱなしのドアの外が気になって仕方がない。
誰かいるのではないか――というよりは、誰かが覗き見ていたりはしないだろうかと、そう思って。
「あの、郁。ちゃんとドアを閉めてから……」
「ダーメ。別に誰も見てないよ。早く」
さらに顔を寄せられ、残り数センチ程になる。
郁はそれ以上近付くことはなかったものの、そこから退くつもりもないようで、至近距離からじっと見つめられ――私が根を上げるのは時間の問題でしかなかった。
「わ、わかったから……目を閉じてっ」
「はいはい」
恥ずかしいことは早く済ませてしまうのが一番だ。
経験則としてそれを理解している私は、郁の視線を無くせたことに僅かばかりの安堵を得た。
(それでも、恥ずかしいことには変わりないけど……)
だとしても、何もしないよりは断然マシだ。
私は覚悟を決めると、郁の胸に手を当てて支えにし、ぎゅっと目を閉じてから、そっと背伸びをして――
「にゃー」
(……猫?)
その鳴き声は、おかえりなさいの挨拶――郁が要求するそれは基本的に唇に、だ――をする直前、突然聞こえてきた。
やけに近いところから聞こえてきたその声に、私は思わず目を見開いた。
当然ながら目の前には郁の顔があり、私の心臓が大きく跳ねる。反射的に郁から身体を離してしまってから、私は誤魔化すように言った。
「――っい、郁、猫が」
声の大きさからしてかなり近くにいるはずだし、猫好きの郁の気を引ければ、今日の挨拶はうやむやにできるかもしれない。
そんな打算的な思考の元、私は郁の横をすり抜け、玄関の外を見に行こうとした。
が、すかさず伸びてきた郁の腕に阻まれる。
「ちょ、ちょっと月子、まだしてもらってないんだけど」
「でも、猫の鳴き声が……」
「そんなのはいいから」
ほら早く、と。
外を覗こうとする私を、郁はそんな風に言って押しとどめようとした。
「……」
おかしい。
無類の猫好きな郁が、猫のことを「そんなの」呼ばわりするなんて。
だいたい、「新しい家族」のことだって、まだちゃんと聞けていないというのに――
「あー……そんな目で見ないでよ。わかった、説明するから」
ジト目で見つめたのが効果あったようで、郁は降参とばかりに両手を挙げ、一度玄関の外へと出て行った。
「まったく、静かにしてろって言ったのに……バレちゃったじゃないか」
そんな声の後、郁が戻ってきた。
その手には小さなケージが抱えられている。
ケージの中には、抱え上げられたことで驚いているのか、身を低くして固まっている小動物が一匹。
耳とひげと尻尾、茶虎の毛並み――先程の鳴き声の主に違いないその猫は、どこか見覚えがあった。
私はケージの中を覗き込み、眼前の猫と記憶とを突き合わせて、呟いた。
「……みー助?」
「そうだよ。今日から、僕たちの新しい家族になるんだ」
「えっ。じ、じゃあ、さっきのメールって」
うん、と郁は満面の笑みで頷いた。
「月子を驚かせようと思って玄関の外で待っててもらってたんだけど……みー助は待ちきれなかったみたいだ」
(なんだ……そういうことだったんだ……)
ほっとした私は一気に脱力して、情けなく玄関先に座り込んでしまった。
「え、ちょっと、月子? 大丈夫!?」
「あ……うん。平気」
養子か何かと思っていたのが勘違いだったとわかって安心して力が抜けた――なんて、格好悪くて言えない。
(言ったら絶対にからかわれるだろうし……)
「まあ、そういうわけだから」
郁はドアの所にあったビニール袋を中に入れると、開けっ放しだった玄関を閉じた。カチャリ、と施錠の音が続く。
それから郁は私の前にしゃがみこむと、こちらの目をじっと見つめて言った。
「それじゃあ、改めて。……ほーら、さっきの続き」
「えっ……あ、あの」
「ドアはちゃんと閉めたよ? 今なら誰も見てないから」
「でっ、でもあの……あっ、ほら、みー助が!」
私は必死に傍らに置かれたケージを指し示す。
私の声に驚いたのか、みー助は私たちをじーっと見据えながら、ケージの端っこの方で姿勢を低くしていた。
「みー助はもう家族なんだから、ノーカウントでしょ」
「え、ええっ」
「早くしないと……夕飯より先に月子をいただくことになるけど、それでもいい?」
「――っよ、よくない!」
冗談に聞こえない脅しにあっさりと白旗を掲げ、私は改めて「おかえりなさい」の挨拶をした。
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なんかものすごい感じ(当社比)にいちゃこらした本になったはず! たぶん。