secret practice
プリ★コンで無料配布していたペーパーの小話です。
ものすごい今更すぎるくまプリネタ。
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「わあっ、かわいい……!」
無地の箱から取り出したそれを見て、春歌はまず歓声をあげた。
全長三十センチほどの、熊を模した人形――いや、この場合は「ぬいぐるみ」と言った方が正しいのか。
「これって、学園の制服……ですよね。あっ、あの一ノ瀬さん、これって……!」
「ええ。例のコラボ企画のものです」
やや興奮気味の春歌に頷いてみせると、その大きな瞳がますます輝いた。
「やっぱりそうなんですね……! すごくかわいいです!」
とある有名ぬいぐるみメーカーと早乙女学園という異色のコラボレーション企画。
その第一弾として、学園を卒業した新人アイドルをモチーフにしたクマのぬいぐるみが発売されることになった。
元はシャイニング事務所とのコラボ企画だったらしいが、様々な事情から早乙女学園のPRも兼ねる方向で話がまとまったという。
第一弾企画が成功した暁には、事務所所属の人気アイドル達とのコラボが予定されているらしいが――それはともかくとして。
「予約しておいて良かったあ……」
「おや、予約していたんですか?」
「はい! 二つほど!」
ぐっ、と両の拳を握り締めつつ、力一杯に宣言する春歌。
商品にはシリアル番号が刻印され、完全予約受注生産となるらしい。仮に関係者だとしても、実物を手に入れるには予約するしかないはずだ。
よって、彼女が予約するであろうことは予想の範囲内ではあったのだが。
(……何故二体も)
額に手を当てたくなる衝動を堪え、聞き返してみる。
「……二つもどうするんです」
「一つは飾って、もう一つは保存しておくんです」
ともすれば「にやにや」と表現しても問題なさそうな笑みと共に、春歌は実に嬉しそうに言った。
「……」
理解はしたが納得までは結びつかない。そんな微妙な感覚に陥ったが、彼女が喜んでいるのならそれでいいことにしておく。
「でもこれ、発売は再来月でしたよね?」
小首を傾げる彼女に、しそびれていた説明を付け加える。
「このコラボ企画は「学園および事務所公認」の「本人監修」を売りにしていますからね。モデルになった我々へ監修の依頼が来たというわけです。そちらは試作第一号だと聞いています」
これで試作品なんですか、と彼女が感嘆の息を漏らした。
もちろん、事務所側の商品企画部からの手厳しい監修を通った上での「試作第一号」だ。おそらくは日の目を見なかったぬいぐるみが何体もあったのだろう。
「とはいえ、監修をするにしても、私はぬいぐるみの善し悪しについてそう詳しいわけではありません。そこで、君の意見を伺おうと思いまして」
「わたしのですか?」
「ええ。私以外で私のことを誰よりも知っているのは、パートナーである君しかいないでしょう?」
そう微笑みかけると、彼女の顔にさっと朱が走った。照れたようにはにかみつつ、大きく頷く。
「あ……は、はい。わたしでよければ、是非協力させてください」
「ありがとうございます。やはり、やるのであれば完璧を目指したい。忌憚のない意見をお願いします」
「はいっ」
真摯な返事を受け、早速話を始めることにする。
「君から見て……そうですね、ファンとしての目線で見た場合に、この商品をどう思いますか」
「さっきも言いましたけど、すごく可愛いと思います。ぬいぐるみとしても普通に可愛いですし、それが一ノ瀬さんをイメージしたものと思うと、より愛着が湧くといいますか……」
と、そこで春歌は言葉を切った。
どこか不自然に切られた言葉は、しばらく待ってみても続く様子を見せない。
「……春歌?」
「あ、あの、そんな感じ……です」
どこか引っかかるものを感じたが、ファン的には申し分のない仕上がり、ということだろう。
次の質問に移ることにする。
「では……この商品は、私をイメージしたものになっていると思いますか? 私のことをよく知っている君から見て、答えてください」
「そう、ですね……確かに、一ノ瀬さんっぽいなって印象はあります。……けど」
「けど、何ですか?」
「早乙女学園で一緒に過ごしていたわたしたちなら、これは一ノ瀬さんだなってわかると思います。制服のこことか」
言って、春歌はぬいぐるみが着ているジャケットの襟元を示した。縫い付けられている三つの星は、Sクラスを表すものだ。
「でも、学園での一ノ瀬さんを知らないファンの皆さんからすると、違うこともあるのかなって」
「確かに、このぬいぐるみの特徴は制服を着ていることくらいですね……」
今回の企画は自分だけではなく、同期である早乙女学園出身の新人アイドル五名がモチーフの対象となっている。
聞いた話では、在学中の自分達の写真を元に作成されたというから、ぬいぐるみの装飾品や服装は、当時の自分達の格好を模しているのだろう。
そう考えるとこのぬいぐるみは、制服を着崩さずに着用していた自分を忠実に再現している、といえなくもない。
「あ、でも足の裏に名前と誕生日が刺繍されてます!」
見てみると、左足の裏に「TOKIYA 8.6」とある。
ということは、各人のぬいぐるみの足裏にも、このような刺繍がされているのではないだろうか。
「私個人を特定する箇所として間違ってはいませんが……正直、微妙ですね」
「え、ええと……じ、じゃあ、このジャケットのボタンを……」
言いながら、春歌はぬいぐるみが着ている制服のボタンを留め始めた。
「在学中、一ノ瀬さんはボタンを留めて着ていらっしゃいましたし、普段もかっちりした服装が多いですから……」
こうして一ノ瀬さんらしさを強調すれば、と呟く春歌の狙いは「イメージ戦略」ということだろう。
「できました。これで、どうでしょうか」
上着のボタンを全て留め終えたぬいぐるみをテーブルへ置き、二人でじっと眺めてみる。
「……少々、苦しそうな印象を受けますね」
「ですね……ちょっと、窮屈そうな感じがします……」
ぬいぐるみのフォルム的に、胴体が丸みを帯びているのは仕方のないことだろうが、そのせいで制服の前が膨らんだようになっている。
これでは「かっちりとした服装」というより、「肥満気味」を強調されているような気さえする。
「……とりあえず、外しますね」
どこか申し訳なさそうに、春歌がボタンを外していった。
そうして改めて見てみると、前が開いたままのジャケットというのはどことなく落ち着かない感じもしてくる。
「なるほど。ぽっちゃりした印象はありますが……ジャケットの前を留めてある方が、より私らしいようにも思います」
「はい。わたしもそう思います」
それから、いくつか春歌から印象や感想を聞いてみたが、基本的には「一ノ瀬トキヤをモチーフとしたぬいぐるみ」としては問題ない、ということのようだった。
「だいたいわかりました。君の意見を参考に、私の方でももう少し考えてみます。貴重な意見をありがとう」
「いえ、そんな。わたしこそ好き勝手なことを言ってしまって……」
「それこそが有難いのです。私では気付けないこともたくさんありましたから」
テーブルに置いたぬいぐるみを見やると、つられるように春歌もそれを見た。横目でその様を見ていると、その顔が次第にふにゃりと緩んでいく。
(よほど気に入ったようですね)
自分が隣にいるというのに、自分を模した何かに夢中になられるというのは――かつて経験した複雑な心地が蘇らないでもなかったが。
(……自分が演じていた存在ならまだしも、ぬいぐるみ相手に嫉妬など)
馬鹿馬鹿しい。
顔を出しかけた心地を強引に押し戻し、ぬいぐるみを見つめ続ける春歌を観察する作業に戻る。
(……ん?)
春歌は先程から変わらずぬいぐるみを凝視している。しているのだが――どこか、そわそわしているように見える。
落ち着きがない、という程ではないが、何かを堪えているような。
「どうかしましたか?」
「え、えっ!?」
「先程から、何をそわそわしているんです?」
「そ、そんなことは……」
あからさまに目を逸らしながら言われても何の説得力もない。というより、認めたようなものだ。
「春歌」
無駄な抵抗は止めなさい――そんな意味を込めて名前を呼ぶと、やがて春歌は白旗を揚げた。
「あ、あの……その、一ノ瀬さんのくまがすごく可愛くて、何より物凄くふわふわのもこもこで……ぎゅっとしてみたいな、と……」
恥ずかしそうに俯けた頬を赤くしながら、春歌はそんなことを告げてきた。
「でっ、でもあの、子供っぽいですよね、その……き、気にしないでください!」
なるほど、先程ファンとしての感想を求めた際に言葉を濁していたのは、このことかもしれない。
「何かと思えば……いいですよ。むしろそうしてください」
「え、ええっ!?」
「先程は見た目にばかり注目してしまいましたが、これはぬいぐるみなのですし、触り心地や抱き心地などについても監修すべきです。すっかり失念していました」
テーブルに座らせていたぬいぐるみを手に取り、春歌へと差し出す。
「その点については、やはり君の意見を重視したいところです。一般的なぬいぐるみと比べてどうなのか、というのは私ではわかりませんから」
「あ……は、はい。わかりました」
頑張ります、と表情を引き締めてから、春歌はそれを受け取った。
が、ぬいぐるみを手にしたまま動かない。
「春歌。遠慮せずにどうぞ」
「はい。……で、では」
春歌はゆっくりと、手にしていたぬいぐるみを抱き締める。最初は恐る恐るといった手付きであったものが、いつしかぬいぐるみを胸に埋めんばかりに抱え込むという、どうにも羨ま――もとい、全力なものへと変化していた。
「……春歌?」
再び動かなくなってしまった春歌に声をかけると、のろのろと顔が上がる。
その表情は――途方もない感動に満ちあふれていた。
「い……一ノ瀬さん、これ……すごいです……っ!!」
ぬいるぐみを抱き締めたまま、興奮気味に続けてくる。
「この子、すごく抱き心地が良くって……ふわふわでもこもこで手触りが良くて、ぎゅっとしていて気持ちがいいといいますかっ」
まさか音楽以外で春歌をここまで感動させるものがあるとは。
「すごいふかふかですっ……!」
そうして力一杯抱き締めて一度離してまじまじと眺めた後、今度は角度を変えて抱き締め直すと、どこか恍惚めいた表情でぬいぐるみに頬を擦り寄せ始める。
(いや、確かにそうして欲しいとは言いましたがまさかここまで熱心にされるとは)
「……春歌」
それどころか、一度呼んだくらいでは気付かれないレベルで夢中になっているようだった。
はあ、と大きく吐き出した息を、今度は細く吸って――発声する。
「春歌!」
「ひゃっ!?」
ようやく我に返ったらしい春歌が、見ていてかわいそうなくらいに慌て始めた。
「あっ、ああああのすみません!! 大変お見苦しいところをお見せして……!!」
「あ、いえ……」
そうしてくれと言ったのは自分なので、何とも言えない。ゴホンと咳払いをし、話題を逸らすことにした。
「ともあれ、気に入っていただけたようで何よりです」
「は、はいっ。それはもう。今から発売が楽しみです……!あ、それじゃあこれ……」
再び顔を必要以上にほころばせた春歌が、ぬいぐるみを差し出してくる。
が、それをそっと押し返した。
「それは君が持っていてもらえますか」
「え?」
「私は明日から三日ほど地方ロケに出ることになっています。さすがにそれを持っていくわけにはいきませんので、その間、君が預かっていてください」
言って、きょとんとする春歌が持つくまの頭を、ぽんと叩いた。
そうして、みるみるうちに春歌の顔が輝き始める。
正直、複雑な心地であることは否めないが、彼女をこんなにも喜ばせることができるのなら安いものだろう。
「……わかりました。責任を持ってお預かりします!」
「よろしくお願いします。その間、ぬいぐるみについて気になるところがあれば、まとめておいていただけると助かります」
「はいっ! 頑張ります!」
戻ったらその足で取りに来ますと約束し、待っていますねという彼女の笑顔を胸に、ロケへと向かった。
***
地方ロケから戻って来れたのは、それから四日後の朝だった。
朝から押しかけるべきではないと思うものの、その足で取りに行くという約束を免罪符にして、事務所寮を訪ねた。
彼女の部屋の呼び鈴を鳴らし、しばらく待ってみたものの何の反応もない。
電話をかけようかと思ったが、もしかしたらまた無理をして遅くまで作業をしていた可能性もある。そうだとするなら、後で軽くお説教をしなければならないところだが。
(……何にしても、無理に起こすのは忍びないですし)
こちらとしては彼女の顔さえ見れたらそれで満足ではある。よって、合鍵で中に入らせてもらうことにした。
鍵を開けたドアから入り、そっと閉じる。リビングへ向かうと、当然ながらしんと静まり返っていた。
テーブルの上には五線譜や資料らしきものがやや乱雑にまとめられていて、昨晩に作業をしていたのは間違いなさそうだった。
(まったく……何時に寝たのでしょうね?)
静かに階段を上り、寝室のドアをゆっくりと開けた。
室内に入ると、微かに寝息が聞こえてくる。足音を立てぬようベッドに近付けば、春歌は穏やかな表情で眠っていた。
「ただいま戻りました。おはようございます、春歌」
小声で呟いてみたが、起きる気配はない。
(さて、どうしたものでしょう。このまま寝顔を眺めていてもいいのですが……)
そこでふと、件のぬいぐるみがサイドデスクに置かれていることに気付いた。
(この三日間、一緒に過ごしてくれていたようですね……いや、これはあくまでぬいぐるみであって、何も思うところなどありはしませんが)
「ん……」
ぬいぐるみを睨んでいると、衣擦れの音に混じって、寝惚けたような声が聞こえてきた。
視線をベッドの方へ移す。
目を覚ましたらしい春歌は、しかしまだ半分寝ているらしく、ぼんやりとあらぬ方向を見つめていた。
「おはようございます、春歌」
「……ぁ、はい……」
挨拶に反応し、春歌がこちらを向いた。
そして、おもむろに手を伸ばし――置かれていたぬいぐるみを掴む。
「おはようございます、トキヤくん……」
引き寄せたそれを胸に抱いた春歌は、ふにゃりと表情を緩めながら、その唇をぬいぐるみの鼻先へと押し当てた。
(――な)
数秒ほど置いて、ゆっくりと春歌の顔が上がっていく。
幸せそうにふにゃりと緩んだ笑顔が、こちらと目が合ったその一秒後に、びしりと固まった。
「……っい、一ノ瀬さ……え、ど、どうし……っあ、あああのいまのはその」
顔を真っ赤にしたり真っ青にしたりと忙しい春歌の肩に、ぽんと右手を置いた。同時に左手でぬいぐるみを取り、脇に転がしておく。
「今のはその、……何ですか?」
白黒させている瞳を覗き込み、にっこりと微笑む。春歌が根を上げるまでには一分程度を要した。
「そ、その……ですね、……れ、練習をと、思いまして」
「練習、ですか。何のです?」
「……おはようの、……その、挨拶といいますか……」
「ほう?」
それで概ね理解した。
春歌に朝の挨拶を促すと、毎回ひどく恥ずかしがるため時間がかかってしまう。
そのため、時間がない場合は自分からするだけのものになっていたのだが。
自分を模したぬいぐるみを相手にすることで、本番さながらの雰囲気をもって練習に励んでいたと、そういうことなのだろう。
「では春歌。練習の成果を見せていただけますか」
「えっ」
「この三日間、練習していたのでしょう? さあ、先程それにしてくれたように、自然な感じでお願いします」
結局、練習の成果はさほど見られはしなかったのだが――三日ぶりに春歌を堪能できたことだし、ひとまずは見逃してあげるとしましょう。
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そんなぬいぐるみに俺が釣られクマーとついカッとなって注文したくまのせについて思ったことを吐き出したらこうなった。反省はしていない。