meganebu

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smell herself

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p> 秋終了~グッドED間の月子たん話。

「んー……っ」
 イスに座ったまま大きく伸びをして、机に向かっていたせいで凝り固まった筋肉をほぐす。結構集中していたせいかちょっと痛い。
 今何時だろう、と時計を確認する。アナログの針を見て、実は見間違えかもと終わるまで封印していた携帯を手に取った。
「……惜しかったなぁ」
 携帯の液晶画面には、アナログの時計とほぼ同じ時刻が表示されていた。時刻は午後八時十二分。もう寮から外に出ることはできない。
「もうちょっと頑張れば良かった……庭園、行きたかったな」
 諦めきれなくて呟いた。
 とはいえ、もう少し早く終わったところで、寮を出てすぐにタイムアップになっていただろうけれど。
 だから、この課題を抱えて部屋に戻ってきた時点で、庭園行きは無理でしかなかったのだろうけれど。
(郁、どうしてるかな)
 口に出さず心の中で呟いたのは、現実を再認したくなかったからかもしれない。
 住んでいる場所の物理的な距離とか、年齢とか考え方とか――そういった、彼との間にある埋めようにも埋められない差分を。
 それは一度認識してしまうと、結構引きずってしまうものだったりする。彼がこの学園を去ってから二週間しないうちに、私はそれを経験則として学んでい た。
 邪魔にならないよう髪の毛をまとめていたゴムを解きながら、ぼんやりと考える。
 ずるずると引きずってしまうからといって、全く気にしないようにする、のは無理なのだ。
 だから、支障が出ない程度に、適度に考えればいい。そう確か、腹八分目は健康にいいんだぞって幼馴染みも言ってた気がするし。
(……こじつけでも気にしない!)
 気を取り直してカレンダーを見る。
(えっと、大学の冬休みは学園と同じぐらいからって言ってたよね……)
 今日は平日。
 大学生のタイムスケジュールがどうなっているのかはわからないけれど、時間的に講義とかは終わっているんじゃないだろうか。多分。
(家に帰ってるのかな。ご飯かな。それとも勉強してるのかな。それとも)
 誰かと会ってるのかな。
「……」
 自分で考えたことに、軽く気落ちする。
(会ってたとしても、それが女の人とは限らないんだし……)
 けれど、可能性としては否定できない。合コンとか、そういうものに参加している可能性だって。
「やめやめ!」
 今度は声に出して、ぐるぐると燻り続ける思考を追い払った。
(……こんな気分を払うためにも、屋上庭園に行きたかったのに)
 離れて過ごす中で、郁との繋がりを感じられる唯一の場所。今の時期は寒さが身に染みるけど、それでも心だけは温かくなれる。
 もちろん、定期的にメールや電話のやりとりはしている。しているけれど。
(……特に用もないのに何度も連絡するのって、相手の都合を考えてない、子供っぽいって思われる……よね)
 でもやっぱり、気になり出すと止まらない。
 どうしているんだろう。一人なのかな。元気にしてるのかな――適度に考えるなんて、結局無理だった。
 手にしたままの携帯の履歴を呼び出し、一番に出てきた名前のまま、通話ボタンに親指を乗せた。
(電話したら、しつこい女はめんどくさいって思われるかな)
 通話ボタンから指を外す。
 その指で別のボタンを押して、メールの画面を開いた。
 チカチカと点滅するカーソル表示を見つめてしばし、途方に暮れて呟く。
「……なんて書いたらいいんだろう」
 考えがまとまらないまま、ぼんやりと指を動かした。ぽちぽちとキーを打っていくと、液晶に文字が綴られていく。
 『さびしい』。
 打ち込まれた文字を変換して――すぐに消去する。
 そうして、真っ新になった液晶画面をじっと睨む。
 やがて、そうしたところで何が変わるわけでもないことに気付き、私はゆるゆると力を抜いた。
 携帯を持った手をぱたりと落とす。
(……甘えて、いいのかな)
 たぶん、メールを打てば返信はしてくれる。これも経験則。
 郁はあれでいて結構律儀なところがある。
(でも……)
 まだ何日も経ってないのにメールしてくるなんてやっぱり子供だね、なんて思われてそう。
 そういえば、郁が帰る直前に、子供みたいな嫉妬をしてしまったことがあった。
 郁は、そんな私のことを何度も可愛いとか言っていたけれど。
(今思うと……小さい子供が失敗したのを見てかわいいね頑張ったね、って言われてるみたい)
「違うのに」
 つい口をついた。
 もっと近づきたいのに。
 子供じゃなくて、大人に――大人の彼と同じになって、もっと好きになってもらいたいのに。
「……はぁ」
 だらんと垂らした腕の先で、ぱちんと携帯のフリップを閉じた。
(……何かのスイッチみたいに、これで思考を打ち切れたらいいのに)
 そんな馬鹿げた考えが浮かぶのも、子供の証拠かもしれない。
 私は一気に疲れたような気分になって、イスから立ち上がった。
 携帯を持ったままベッドまで歩いていき、ゆっくりと腰掛けて、背中から倒れ込む。
(郁の言うことって、ある意味間違ってないのかも……)
 ふと、そんなことを思った。
 愛の言葉は嫌いだと繰り返す郁は、言葉じゃなくて行動で愛情表現を――
(って、違うなんかその感触とかそういうの思い出してる場合じゃなくて!!)
 ぶんぶんと頭を振って再現しかけた色々を霧散させてから、改めて思った。
 言葉に比べて、行動はすごくわかりやすくて――だからこそ信じられて、安心できるんだってことを。
 電話もメールも、言葉しか伝わらない。
 疲れていても、元気だよと言われてしまえばそれで終わり。
 忙しくても、暇してたよと返されればそうだと思うしかない。
 だから、本当のことはわからない。
(あの頃は、手を繋いで、郁の目を見れば……それだけでわかったのに)
 ニセモノの恋人をしていた頃も、それが終わってただの学生と教育実習生になった頃も。
 本当かどうかが、すぐにわかった。
 実際はそうじゃないのに、そうとしか言えないんだってわかった。
 辛くて寂しいのに、そんなことないって口を動かしているだけだって、ちゃんとわかったのに。
「……」
 私はもう一度携帯を開いた。
 メール作成の画面を表示させて、キーに指を置く。
(郁は……私と同じように、寂しいって思ってくれてるのかな)
 そうだったら、すぐにでもメールを打つのに。
(でも、そうじゃなかったら……)
 煩わしいと思われるかもしれない。
 これだからお子様は仕方ないな、って面倒くさがられるかもしれない。
「……」
 私はゆっくりと文字を打ち始めた。
 挨拶から始まって、元気ですか、ちゃんと食べてますか、星月先生が心配してました……当たり障りのない挨拶と近況を綴った内容を打ち込んでいく。
 なるべく私の感情を込めないように、淡々と――ただ、体には気をつけて、という部分だけは遠慮なくしつこく繰り返して。
(また、メール、します……)
 締めの言葉を打ち終えて、私の指は一度動きを止めて、やがて改行ボタンを何回か押していく。
 ――『会いたい』。
 メールの一番最後にそう打ち込んで、でもさっきと同じようにすぐに消去する。
 そして、私の指は素早く送信のボタンを押し込んでいた。
 送信完了の表示が消えて、さらに液晶のライトが消えてしまうまで、私は携帯を見つめていた。
「……うん、よし」
 頻繁にメールを送って、子供っぽいと思われるかもしれない。
 でも、一番子供っぽくなりそうなところは我慢したし、今のところはこれで十分だし、よくやったよね。そう自分に言い聞かせる。
(もし、寂しいとか、会いたいとか、思ってるのが私だけだったら……)
 大学に戻って忙しくしているらしい――前にもらったメールにはそんなことが書いてあった――郁には、そんなことを思う暇もないのかもしれない。
 そんな所に、「寂しい」とか「会いたい」とか言われても困らせるだけ。
 まして、子供の相手は疲れるとか面倒だとか、思わせてしまうかもしれない。
 もちろん、そんなことで嫌われるとは思っていないけれど。
(……うん。だから、これでいいんだよね)
 今日は我慢しきれなくてメールしてしまったけれど、次からはこういう子供っぽいことをしなくても平気にならないと。
 だって、もっと郁に好きになってもらいたい。
 そうしたら郁も、私と同じように「寂しい」とか「会いたい」って思ってくれるんじゃないだろうか。
(そうなったら……もっと気軽にメールも、電話もできるようになるよね?)
 推測でしかない未来に思いを馳せて、持論を肯定するように大きく頷いた。
(頑張ろう)
 今はまだお子様でも、なるべく早く、郁に追いつけるように。
 もっと、郁に見合う彼女になれるように。



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 例によってついカッとなって「グッドEDの月子たんがかわいすぎて死ねる」的なリビドーを叩きつけたつもりが、思いの外しょっぱい話になったことはさす がに反省している。