meganebu

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ritual incantation

A5/32P/300円
Debut後のトキ春小説本

 

実月個人誌。
Debutトキヤ恋愛ED後で春歌にトキヤくん呼びしてもらう話。
表紙はのはらさんに描いていただきました。

 

本文サンプルは続きから。

 

 

◆「ritual incantation」本文サンプル



「春歌ー、携帯鳴ってる!」
 着替えようと二階への階段をのぼりかけていたわたしは、その声に慌てて引き返しました。
 途中つんのめりそうになりながらもリビングへ戻ると、ちかちかと着信を示すだけの携帯が差し出されます。
「ていうか、ごめん春歌。今の、メールだったっぽい」
 受け取った携帯を見ると、確かに新着メールを知らせるアイコンが表示されています。
「無駄に慌てさせちゃってごめん!」
「ううん。教えてくれてありがとう、トモちゃん」
 ぱん、と両手を合わせ頭を下げてくるトモちゃんにお礼を告げて、差出人の名前を確認します。
(昨日納品した仕事のリターンかな? それにしてはちょっと早い気もするけど……、あっ)
 送信元は――たぶん、わたしが一番多くメールのやりとりをしている人でした。
 メールに目を通し終えて顔を上げると、何故かにまにまとした表情を浮かべたトモちゃんが、わたしをじーっと見つめていました。
「春歌。その顔は、なんかいいことでもあったみたいね?」
「う、うん。その、一ノ瀬さんから……」
「ほっほーう、やっぱりかあー。……ってもしかして、今からこっちに来るとか?」
「うん。収録が早く終わったから、伺っても構いませんかって」
「構うも何も構って欲しいわよねーえ? さっ、ほら早く返事してあげなさいよ」
「あっ、うん!」
 わたしは急いで返事を打ち込みます。
 お疲れ様ですと労いの言葉と、昨日納品したばかりで急ぎの締切もなく都合がよいこと、最後にお待ちしていますと控えめにした本音を添えてから、送信。
 一分と経たずに届いた返信には、あと一時間弱で到着する旨が記されていました。
「そっかあ。じゃ、あたしは退散させてもらいますかね」
「えっ、でもケーキが……」
「それは一ノ瀬さんと二人で食べ……るわけにもいかないか」
 一ノ瀬さんが一日の摂取カロリーを気にされていることは、わたしたちの間では周知の事実です。
 時間はそろそろ二十時になろうかというところで、食後のデザートとしていただくならまあギリギリかな、という時間帯でした。
 一ノ瀬さんのようにきっちりカロリーを制限しているならば論外でしょうが、そこまででもないわたしたちが食べる分には、まだ許されてもいい……はずです。
 多分。
「んー……そうよね、折角買ってきたんだし……じゃあ、このケーキだけいただいて、そしたら帰らせてもらうわね。あたしも明日は朝早いし」
「うん! じゃあ、すぐにお茶淹れるね」
 わたしは着替えを後回しにして、キッチンへ向かうことにしたのです。


***


 最近出来たばかりのお店が結構評判いいらしくてさ、ちょっと気にならない?
 というトモちゃんの提案で買ってきたケーキは本当に美味しくて、わたしもトモちゃんもあっという間に完食してしまいました。
 時間が時間だったので小さめのものを選んできたのですが、これならもっと大きめのでも良かったと二人で頷き合います。
 結果、思っていたよりも時間が余ってしまいました。
 トモちゃんの「あと一杯お茶を飲んだら帰る宣言」に反対する理由はなく、わたしたちはしばしお喋りを楽しむことにしたのです。
「にしても、制服着てる春歌を見ると、ほんと懐かしい気分になるわね」
 トモちゃんの言うように、今わたしは早乙女学園の制服を着ています。
 今日はこの近くで学園もののドラマの撮影があり、そこで学生のエキストラが足りなくなったのだそうです。
 ここから早乙女学園はそう遠くはないのですが、時期的に卒業式を終え新入生を待つばかり、という学園で生徒さんが掴まるはずもなく。
 そこで、寮にいる卒業生達に収集がかかったというわけです。
「社長からのメールが届いたときは本当にびっくりしました……」
「制服着て十分以内に現地集合、だっけ? 相変わらず無茶するわよねえ。……まあ、あたしもエキストラの中にあんたを見つけた時は肝を冷やしたけど」
「お手数おかけしてしまってすみませんでした……」
 トモちゃんはそのドラマでのゲスト出演の回だったそうで、現場で出番待ちをしていた際に偶々わたしを見つけてくれました。そして、どこからか持ってきてくれたカツラや眼鏡でわたしだとわからないようにしてくれたのです。
 今のわたしはいわゆる札付きの状態のため、世間への露出はNGとなっていました。
 ただ、社長からのメールには遅れた者にはペナルティが課されると記されていたため、わたしはやむなく制服を着て飛び出したのです。
「あたしたちが卒業して、もう二年かあ」
 と、感慨深そうに呟いたかと思うと、
「しかし……」
 トモちゃんがじっとわたしを見つめてきました。
「な、なに?」
「いやあ、あんたも可愛くなったと思ってさ」
 うりうり、と何故か肘で小突かれてしまいました。
「そっ、そんなことないよ」
「あるってば。まああの頃も普通に可愛かったけどさ。でも今はこう、素朴な可愛さだけじゃなくって……女の魅力みたいなのが出てきたなあって思って」
「え、ええ……!?」
「あどけなさの中に女らしさみたいなのが混ざったっていうか……あー、たまんないわねほんと!」
 ばんばんとソファを叩くトモちゃんはなんだかおじさんのようです。
 それを突っ込んでいいものかどうか迷っていると、
「それもこれも一ノ瀬さんのおかげですかね?」
 にやにやとそんなことを言われてしまいました。
(確かに、昔よりは見た目とか色々気を遣うようにはしてますし、それは何のためかと言われたら……一ノ瀬さんのためということではありますし……)
 図星を指された形になり、わたしはどんどんと顔が赤くなるのを感じていました。
「おーおー、真っ赤になっちゃって。ほーんと可愛いったらないわ。あたしが横からかっさらいたいくらい」
「えっ」
「ま、それは冗談として」
 一ノ瀬さんに勝てる気しないし、とぼやいてから、トモちゃんは優しく笑って言ったのです。
「ほんとさ、……あんた頑張ったわよね。一ノ瀬さんのパートナーになってからさ」
 しみじみと言われてしまい、わたしもなんとなく感傷的になってしまいます。
「……うん。頑張らないとついていけなかったし、頑張らないのは失礼だったし……何より、頑張りたかったから」
「そっか。面倒見良かったもんね一ノ瀬さん。よく考えたら、あの時HAYATOもやってたのよね……いつ寝てたのかしら」
「あまり寝てなかったんじゃないかなって思う。移動中とかも台本チェックしてたそうだし」
「そうよねえ。ほんと、一ノ瀬さんて凄いわ。今更だけど」
「うん……わたしにはもったいないくらい」
 事実、デビュー済みの一ノ瀬さんと素人同然のわたしの実力は、出会った時から雲泥の差が開いていたはずでした。
 それをここまで叩き上げてくれたのは、学園の授業を除けば間違いなく一ノ瀬さんのはずです。
「本当なら、自分のことにだけ集中したかったと思うのに、わたしのことを色々と気遣ってくださって……」
 厳しくも優しい一ノ瀬さんがいなかったら、きっとわたしはここにはいないはずです。
「……それをあんたが言うか」
「え?」
 はあ、と大きく溜め息をつきながら、トモちゃんが額に手を当てて嘆くように言いました。
「まったく。あんたは自分の価値をいいかげん理解したと思ってたのに、もー……ええい、こうしてくれる!」
 ぐしゃぐしゃとトモちゃんの手がわたしの頭をかき回します。
「わっ、トモちゃん、や、やめ、やめてってば」
「って、しまった、これから一ノ瀬さんが来るんだった! ごめん春歌、ちゃんとしたげる」
 そう言って、鞄から櫛を取り出したトモちゃんがわたしを手招きします。わたしはトモちゃんに背を向ける形で座り直しました。
 髪を梳き始めたトモちゃんが、ぽつりと呟きます。
「……なんか、色々思い出してきちゃった」
「え?」
「あんなに内気だったあんたが、いつの間にか一ノ瀬さんのこと名前で呼び始めて……それがいつの間にか元に戻っちゃって。正直、あの時は見てられなかったわよ」
 そういえば、一ノ瀬さんを名前で呼んでいた頃は、トモちゃんと結構色々な話をしていた気がする。
 そして、途中からわたしは何も話さなくなった。
 相談したいくらいに辛かったけれど、相談したところで何が変わるわけでもなかったし、人に話していい内容でもなかったから。
「……ごめんね、心配かけちゃって」
「いーのよ、今更謝らなくて」
 トモちゃんが髪の毛を梳いてくれているのが心地良くて、思わず両目を閉じていると、
「そういえばさ、あの時から呼び方が戻っちゃってそのままだけど……二人のときはやっぱ名前で呼んでるの?」
 ぎくり、とわたしの心臓が跳ねました。
「あ、……」
 ううん、と小さく首を振ります。
「あれ、違うんだ」
「……うん」
 意外ね、と呟いたきり、トモちゃんはこれといって追求はしてきませんでした。その代わりに、
「だったらさ……名前で呼んだげたら、一ノ瀬さん喜ぶんじゃない? ちょうど懐かしい格好もしてるわけだし」
 その提案には――確かに、そうかもしれない、と同意するところはありました。
 多分、一ノ瀬さんは喜んでくれる気がする。
 けれど、だからこそ、わたしにはそうすることができそうにありませんでした。
「……あのね、トモちゃん」
 できるのに、やらない。その罪悪感に耐えきれずに、わたしは告白することにしたのです。
「ん?」
「わたし、決めたことがあって……一ノ瀬さんのことは、しばらく名前で呼ばないようにしようって」



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……とまあそんな感じで、制服とか着せてるわりに普通にぐんにょりした話。
Debut後の二人をどうにかいちょこらさせられんかなと思ってたけど思っただけで終わった感じの残念クオリティです。