meganebu

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responsible choice

仲村さん個人誌「fragments」にゲストしたメガネVS哉太さん小話。
完売に伴い許可をもらったので再掲。

 

 

「水嶋ァ!!」
 中庭を進む歩を止めたのは、ひどく乱暴な呼びかけだった。
 大半の生徒は名前に「先生」を付けて呼んでくるし、フランクな奴が呼び捨てにすることはあれども、さすがに喧嘩腰で叫ばれるのは初めてのことだ。
 声だけは聞き覚えがある気がしたので、さて一体どこのクラスの奴かなと振り向く。
(……?)
 けれど、そこに居たのは学園の生徒ではなかった。正確には、在校生でなかった、と言うべきか。
星月学園が全寮制であることを考えれば、放課後に私服姿の男子がいてもさしておかしなことではない。
 彼を卒業生だと思ったのは、単純にその容姿と目つきに見覚えがあったからだった。
 ツンツンに立てた髪型に、敵意丸出しの視線――少し考えて、彼の名前を思い出すことができた。
「七海……だっけ。どうかしたの」
 呼んだ名前は間違っていなかったらしい。
 ただ、何か彼の気に障りでもしたのか、さらに険しくなった表情に睨み返される。
 彼と自分の関係を簡潔に述べるなら、「元教え子」ということになるのだろう。といっても教育実習期間のことなので、実感としては限りなく薄いのだが。
 よくよく思い返してみれば、当時から今のような剣呑な視線を向けられ続けていた気がする。その理由は大体察しがついていたので、わざわざ気にすることでもないなと無視していた。
 まさか、卒業した今もなお恨まれ続けていたとは――思わず肩を竦めてしまった。
「OB訪問なら職員玄関から回ってくれないかな」
「違う!」
 即座に否定しておきながら、彼はその先を続けようとはしなかった。
 すわ親の敵か、というガンの付けように、下らないとは思ったものの、一応付き合ってやることにする。
 絶対的な身長差をもって、冷ややかに上から見下ろし続けること十数秒後。
 彼は低い声で、口惜しそうに言った。
「……聞いたんだ。月子から」
 その端的な返答で、粗方を理解することができた。
(そういえばまだ、幼馴染みには言ってないって話だったっけ)
 共学校でありながら女子が存在しないここ星月学園では、記録として存在する唯一の女子生徒が伝説化しかけていた。
 その女子の名前は「夜久月子」。
 彼女は目の前にいる彼の幼馴染みであり、そして今は――
「おい。何とか言ったらどうなんだよ」
「何とか」
「ってめえ! ふざけてんのか!」
(……何だろうね、このデジャヴは)
 ふと思い立って、尋ねてみる。
「君さ、月子が怪我した時に足は何ともないのに抱きかかえて保健室まで運んだりしたことない?」
「っな! ……ななな何で知って」
 ほんの冗談のつもりだったのだが、本当にあったことらしい。
 教育実習中、実習担当の陽日先生が肩を痛めていたことがあった。名誉の負傷だと言いながらわりと落ち込んでいたようなので、何かあったのかと保険医の琥太にぃに聞いてみた。
 その時に教えてもらったそのままを質問してみただけなのだが、まさかここまで行動パターンが同じとは。
 彼――七海哉太は、陽日先生と良く似ている。似た者同士というか、息が合いそうなコンビだ。
 そのことから導き出される結論は一つ。
 彼も陽日先生と同じく、相手をするのがめんどくさそうだ、ということ。
「それじゃ、僕も忙しいからこれで」
「ってコラ! 話が一つも終わってねーだろーが!」
 終わるも何も、まだ始まってすらいなかった気がする。
 本当に、こういう手合いはめんどくさい。
「じゃあ何? 用件があるなら早くしてくれると有難いね。これでも僕も忙しいから」
「月子のことだっ」
「僕の彼女がどうかした?」
 強調するように一言ずつ発音してやると、かっ、と彼の顔が赤くなった。
「お前が! つ、月子を……月子をっ、幸せにしてやれるんだろうな!」
「……」
 人差し指を突きつけられながら、まるでドラマか漫画に出てくるようなセリフを叫ばれてしまった。
(……正直、お約束すぎて白けるんだけど)
 経験上、ここで無視するとますますうるさくなるのはわかっている。
 仕方がないので答えてやった。それも、なるべく嫌味ったらしくなるよう意識して。
「そのつもりだけど?」
「っ……本当だろうな!?」
「嘘言ってどうするんだよ。それじゃ、もういい? 僕は行くから」
 二の句が継げなくなっている彼をその場に置き去りにして、さっさと歩き出した。
 五歩程進んだところで、気まぐれで足を止め、首だけで後ろを見やる。
 彼はまだその場に立ち尽くしていた。
「ああ、そうだ。陽日先生は校庭あたりに居ると思うから、顔ぐらい見せて行ったら」
 返事はどうでもよかった。
 それきり、彼のことはなかったことにして歩き出す。そうしてさらに十歩は進んだところで、
「あいつのこと、泣かせたら絶対に許さねーからな!!」
 負け惜しみのような通告が耳に届いた。
 けれど聞こえなかったふりをして、そのまま歩き続ける。追いかけてくる気配はなかった。
(泣かせたら、ね。……まあ、許してもらおうとも思わないけど)
 残念なことに、今後月子を泣かせないようにする自信はどこにもなかった。
 自分は彼女を信じている。
 けれど、己の性格がどんなものかということも、よくわかっている。
 だからきっと、些細なことで不安になったり苛ついたりして、月子を試すような真似をするに違いなかった。
(……それにしても、眩しいね)
 彼の瞳からは、真っ直ぐな想いだけが伝わってきた。
 月子を大切だと想う心。月子への好意。そして、自分への敵愾心。
 敵視は、されて当然だと思っている。
 また、月子の幼馴染みはさっきの七海だけでなくもう一人居て、あっちはあっちで眩しいというよりは余裕のなさが鼻についてイラッとするのだが――って、それはともかく。
 月子にとっての彼らがどんなに温かく優しい存在であるか、彼らから月子がどれだけ愛され慈しまれてきたのか。それは想像に難くない。
 言ってしまえば、彼らがいたからこそ今の月子が在るのだろう。
 そんな彼らから月子を引き離してしまったことは、実はとんでもない罪なのかもしれなかった。
(でも、僕を選んだのは月子だ。……あんなに突き放したのに、ね)
 自分以外の誰かを好きになればいいと、そう祈るばかりか、言葉にすらしたというのに。
 それでも月子は、自分がいいと言った。
 私を郁のものにしてと、大胆不敵に微笑んだのだ。
(だから悪いけど、君達に返すわけにはいかないんだ)
 何故なら、自分はもう月子なしではいられなくなってしまったから。
 ポケットから携帯を取り出す。
 メール作成画面を開き、素早く文字を打ち込んで送信。
 送信の完了を確認し、閉じた携帯をしまい込んだ。

 ――今日の夜、時間あけといて。

 電話は頻繁にしているものの、長く話したいときに予め送っている本文だった。
 今日の電話はきっと長くなる。

 彼らしか知らない月子のことを、自分は知っておく必要がある。
 もし――そうこれは、あくまでもしも、の話だけれど――彼らの分まで月子を幸せにするというのなら、自分はあまりにも月子について知らないことが多すぎると、そう思ったのだ。


 だから今夜は、月子の小さい頃の話を目一杯聞かせてもらおう。
 ただもしかすると、話を聞いてつまらない嫉妬をしてしまうかもしれない。

(そこは、大目に見てもらえると有難いね)





***


「なあ。……直獅センセは知ってたのかよ」
「ん、ああ……まあな」
「何だよ、くそ。何で俺達には言わなかったんだよ……」
「まあ、夜久も言いにくかったんだろうさ。お前達、本当に仲が良かったしな」
「……」
「あー、泣くな泣くな、男だろ七海!」
「なっ泣いてなんかねえ! こっ、これは心の汗だ!」
「お、いいよなそのフレーズ! 心の汗……青春! って感じでさあ! ……惜しいなー、七海が二十歳超えてたら夜通し自棄酒に付き合ってやれるのに」

「……それ、単に直獅センセが飲みたいだけじゃねーか」



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本の内容が「春秋組ギャグ+メガネVS錫也」と聞いたのでじゃあここはVS哉太さんだろうと腕まくりしたらどうやっても哉太さんの1ラウンドKO負けにしかならなくて全俺が泣いたりなどした。