palate freshener
 仲村さんが愛のエプロン的な何かを描いてたりしたのでついカッとなってやった。
  ED後だけど同棲よりは前のメガネと月子たん。
 
  あ、ついカッとなってやったわりに新婚もエプロンも何一つ関係ないのは仕様です。
 
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  ごちそうさま、と何気なく言われた一言に、お粗末様でした、と恐縮しながら答える。
 「さて、あとはデザートだけど……」
  そこまで呟いた郁は空になった皿が並ぶテーブルをざっと見渡して、うん、と妙ににこやかに頷いた。
 「片付けてからにしようか」
  そして、私の返事を待つことなくてきぱきと片付けを始めてしまう。
  展開についていけなかった私がイスから立ち上がった時には、郁は既にキッチンへと姿を消すところだった。慌てて、郁が持ちきれなかった食器を手に後を追 う。
 「郁、片付けは私がやるから」
  練習したわりにちっとも上達しない料理の腕は、今日も遺憾なくそのダメっぷりを発揮してしまっていた。
  教えてもらった通りにやったはずなのに、出来上がったのは「食べられなくはない」程度の代物。
 (……確かに、食べられる物が出来上がっただけ良かったのかもしれないけど……)
  自分の実力の程はわかってはいたものの、それなりにショックを受けていた私には、それをしっかりと完食してくれた彼に対して、嬉しさよりも申し訳なさが 募るばかりだった。
 「いいよ。そもそもここは僕の部屋で、月子はお客さん。もてなすのは僕の方でしょ」
 「で、でも私――」
  美味しくないものを食べさせちゃったわけだし、と情けない事実を続けようとして、
 「ああ、そうか」
  合点がいったとばかりに手を叩いてみせる郁に遮られた。
  そのまま、郁はシンクにあったスポンジを取ると私の前に差し出してくる。
  わけもわからずそれを受け取って、目だけで聞いてみた。これは何?、と。
 「だから、月子がお皿を洗って、僕がそれを拭く。……っていう、新婚さんごっこがしたかったんだよね、月子は。ごめん、気付かなくて」
 「しっ……!?」
 「あれ、違った?」
  必要以上に近い位置で顔を覗き込まれて、言葉に詰まってしまう。
  顔とか頭に血が上って、考えがうまくまとまらない。何で、どうして郁は急にそんなことを言い出して――
 (……って)
  唐突に閃いた。
  本当にそうだろうか、と頭の中で審議を繰り返す余裕は、間近にある瞳によって次々に霧散させられていく。
  仕方なく、自分の直感を信じることにした。
 「……う、うん。そうなの」
  ぎこちなく頷いてみせてから、肯定してしまった事実にますます顔が熱くなるのを感じる。
  郁はそんな私を見て満足そうに微笑んで、シンクの前に私を立たせた。それから私の隣へ――当然のように乾いた布巾を手にしつつ――並ぶ。
 (……ええと)
  つまりこれは、洗った食器を渡すと勝手に拭いてもらえる流れ作業の一環。客観的に見ればそういうことのはず。
  でもそれを郁は、先ほど何て言ったのだっけ――それは日常生活では耳慣れない、どこかくすぐったい、凄く恥ずかしい単語で――
 (――っか、考えちゃだめ、考えない、考えない!)
 「あれ? お皿は洗わないのかな、……僕の可愛い奥さん」
 「っあ、洗います!!」
  最後の冗談めいた呼び掛けだけ耳元で囁かれて、私は飛び上がりそうになりながら大声で宣言した。
  色々と気になる点は多々ありすぎるけど、今はとにかくお皿を洗って――この恥ずかしいごっこ遊びを――終わらせてしまおう。
  いつのまにか固く握りしめていたスポンジに洗剤を付けて、わしわしと皿を洗っていく。
 (……うう)
  たかだかお皿を洗うだけなのに、何でこんなに居心地の悪い思いをしているんだろう……。
  すぐ隣からじっと注がている視線は、また「お子様だな」って面白がられている、そんな気がした。
  悔しい。やられっぱなしなのはすごく悔しい。
  けれど。
 (全然勝てる気がしない……)
  そのことに内心ため息をつく。
  さっきのことだってそうだ。
  多分――多分、だけれど。
  郁が唐突に「新婚さんごっこ」なんて言い出したのは、何も私をからかうためだけじゃない。
  私が料理の出来について負い目を感じていること、それを明言させないために言い出したんじゃないか――って。
 (私、都合良く考えすぎかな……)
  「大人」の郁に追いつけていない「お子様」の私が、自己弁護のために思いついた妄言。
  けれど、郁とそれなりに過ごしてきた自分が、彼のことを少しずつ理解しているのもまた事実……だと思いたい。
 (どうなんだろう?)
  本当のことが知りたい。郁のことが、もっと。
  流水で泡と汚れを落としたお皿を差し出しながら、私は自然と郁の方を向いていた。彼の目を見れば、真実がわかるような気がして。
 「はい、っと……どうかした?」
 「……なんでもない」
  私はそそくさと視線を戻した。
  色々を見定める前に、あの瞳にまた平静を保てなくなりそうで。
 (大人しく皿洗いに集中しよう……)
  強大な的を前に戦いもせず逃げ出してきたような気分だった。戦略的撤退、と言えば格好はつくかもしれないけれど、でも。
 (これは「お子様」のやることだよね)
  己の不甲斐なさにさらなるショックを受けながら、私はどうにか全ての食器を洗い終えた。
  最後のお皿を郁に渡してから、シンクに残った泡を全て流し、水気を拭き取っておく。
 (なんだかんだで、掃除だけは得意になっちゃった)
 「よし、これで片付いた」
  拭き終わったお皿を食器棚に並べ終えた郁が、柔らかい笑みを浮かべて私へ向き直った。
 (……え?)
  その笑みにどことなく違和感を覚えたと同時、互いの間にあった一歩を詰められる。
  水気を拭き終えたばかりの手が掴まれたかと思うと、指同士を強引に、けれどスムーズに絡めてきた。
 「い――」
  そうして、名前を呼ぶことすら叶わない。
  素早かったのは、私を引き寄せた腕の方だったのか、それとも近づいた郁の顔の方だったのか、それもわからない。両方だったのかもしれないけど。
 「ん、ぅ――」
  当然のように侵入してきた舌に、逃げまどう間もなくあっさり絡め取られる。
  抵抗を試みるも、無駄でしかないことは経験則が語っている。いるけれど、それでもどうにか一矢報いることはできないかと足掻く。
 
  ――結果。
 
  勝てる気がしないものに、勝てるわけがなかった。
 「ごちそうさま」
  息苦しさで赤くなっていたであろう私の顔は、郁の一言でさらに真っ赤になったに違いなかった。
  郁は小さく吹き出して、さらににっこり笑って続ける。
 「だって、月子はとても美味しいから。口直しにはピッタリだよね?」
  何かとんでもないことを言われたことだけはわかった。
  でも下手に狼狽えたりするのは、藪をつついて蛇を出すようなものだと、これも直感で思った。
  だから私はとにかく、料理の腕を揶揄されたことを怒るフリに徹した。
 「た、確かに美味しくはなかったけど、前みたいに食べられなくはなかったし! ……い、一応」
 「ごめんごめん、言い過ぎた」
  思い出したくない記憶を掘り起こして肩を落としかけた私に、郁はあっさりと非を認める。
  そしてもう一度、必要以上に顔を近づけて、囁いた。
 「ところで僕、そろそろデザートが食べたいんだけど」
 「え、あ……うん、そうだね。あれ、でも私、デザートとか何も用意してない」
  確か、冷蔵庫にもそれらしいものはなかった気がする。
 「大丈夫。ちゃんとあるよ。ここに」
  ぽむ、と両肩が叩かれた――のは、優しく掴まれた、の間違いだったらしい。
 「……え」
  それどころか、さっきから頑張って気付かないフリをしようとしていたのは、無駄な努力でしかなかったらしい。
 「そう。君」
 「ちょ、ちょっと郁、あの」
 「月子がいけないんだよ? 僕を焦らすから」
 「そ、そんなことしてない!」
 「してた。ほら、ちゃんと片付けだって済ませたし。いいよね?」
 
  押し切られた私が、そういえばこの間「片付けしないとだから」という口実で逃げ延びたことを思い出したのは、何も抵抗できなくなるぐらい酸素を奪われた 後のことだった。
 
 
 
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  ついカッとなってやったのでオチなどない!
 
  だが本編に倣って「月子」と書いてはいるものの、脳内では「きみ」と呼んでる印象が強すぎていっそ全部「君」って書いたらダメなんだろうか……とか思っ たりは結構している!