meganebu Paper -6
2012年5月4日 SUPER COMIC CITY21にて、無料配布していたペーパーです。
「郁。その箱、何?」
リビングに持ち込んだ箱を開封しようとすると、洗い物を済ませてきた月子が不思議そうに聞いてきた。
「今日、星月学園へ僕宛に届いた荷物。発送元はアメリカ」
「アメリカ?」
きょとん、と鸚鵡返しする月子にソファの隣を示して座らせてから、箱の封を解く。
「中身は……これ」
開いた箱から緩衝材を抜き取り、残った中身を見えるように傾けてやる。
「これ、って……飴? それにアメリカって……」
何か思い当たるものがあったのか、やや顔を強ばらせた月子がこちらを見上げてきた。
「うん。会計君からのプレゼントだよ」
実のところプレゼントというよりは、お詫びの品といった方が近いのだけれど――まあ、そんな色々あったりした経緯とかはどうでもよくて。
「あの、郁。これ……もしかしなくても、猫と話せるようになる、飴?」
「そうだよ。ああ、安心して。ちゃんと解毒剤も付けてもらったから……って、色変わってないな。またドクダミ味か」
箱に入っていた飴は二種類あり、添えられていた手紙――というかメモ書き――によると、猫と話せるようになる方は『改良版』とのことだった。
どうせなら解毒剤の方も味の方を改良してくれたら良かったものを。
かつて同じ飴を舐めさせられた際の、あの何とも言えない味が思い返されて軽くため息が漏れた。
「これを舐めたら、本当に……みー助と話が、できるのかな」
「だといいんだけどね。野点の時は話す前に解毒剤を舐めちゃったし」
会計君――発明好きの彼が作るものは大抵が爆発物と化すのだが、この怪しい飴だけは例外だった。
傍迷惑な効能を持っていることには違いないが、飴を舐めたことで人に危害が及んだという話は聞いてはいない。
(でなきゃこんな飴、頼んだりしないし……それにしても)
さっきから月子が、わりと真剣な表情で箱の中をじっと見つめたまま動こうとしないのだけれど。
(興味津々、って感じだね)
この間家に来たばかりのみー助が、中々懐いてくれないことに悩んでいるらしい月子からすれば、藁にも縋る想い
なのかもしれなかった。
「……舐めてみる?」
「ひゃあっ!?」
耳元で囁いてやると、我に返ったらしい月子が大袈裟に驚いた。何するの、とばかりに睨んでくる視線に肩を竦めてみせる。
「ただし、解毒剤の味は最悪だけど」
そう付け加えると、月子の顔にも苦笑が浮かんだ。
再び箱の中へと目をやりながら、月子は眉根を寄せて行った。
「興味はあるけど……」
「あるけど?」
言葉尻だけ復唱して先を促す。
少しの間を置いて、月子はだいぶ言いにくそうに後を続けた。
「……これ舐めると、語尾に「にゃー」って付けないとなんだよね?」
「付けないと、じゃなくて、勝手に付くの。……そうだった、その副作用もあるんだった」
何故か語尾が猫っぽくなってしまう、というのが、この「猫と話せるようになる飴」の傍迷惑な効能だった。
前回この飴を舐めた時は星月学園の学生や琥太にぃに陽日先生も一緒で、……正直に言わせてもらうとアレはかなり痛い光景だった。
いい年した野郎が揃ってにゃーにゃー言ってる姿なんて、思い出しただけでもぞっとする。
「……でもまあ、ここには月子しかいないわけだし、みー助と話せるんだったら僕は気にしないかな」
もちろん、にゃーにゃー言ってる姿を月子に見られるのは、それなりに気恥ずかしい。
――でもそれが自分一人ではなく、二人だとしたら?
「ねえ、月子も一緒に、みー助と話をしてみない?」
二人と一匹しかいない家の中で、一緒になってにゃーにゃー言い合うくらいなら、別段恥ずかしさなど感じないように思う。開き直った、とも言うだろうけれど。
(まあ、月子は恥ずかしがるだろうけど……そうやって恥ずかしがる月子をからかうのも楽しいだろうし)
などと打算たっぷりに提案してみたところ、月子は予想通りもじもじと俯いてしまった。
「……話はしてみたいけど、……恥ずかしいし」
「僕しか聞いてないのに? あ、みー助もか」
「みー助ならともかく、郁に聞かれるのが恥ずかしいの!」
などと言い切っておきながら、でも、と小声で、逆接の単語が続く。
「みー助とお話できるなら、してみたい、かも……」
(……どうやら、お姫様は本当に藁にも縋りたいみたいだね)
生来猫というのは気まぐれなもので、どんなに懐いていたとしても気が乗らなければ随分とそっけない態度をとられてしまうものだ。
ただそういったところが、あまり猫に詳しくない月子からすると、「やっぱり嫌われてるのかな」と不安の種になってしまうのだろう。
「悩むくらいならやってみようよ。何事も経験って言うし」
「う……」
説得としてはあともう一押し、といったところだろうか。
さて、どんな風に言いくるめようかなと考えて――
途中で、面倒くさくなった。
「で、でも、やっぱり――」
「はい口開けて」
口早に、やや強い調子で告げる。
「っえ? ――っむぐ」
反射的に顔を上げた月子の口の中へ、悩む月子に気付かれないよう取り出しておいた飴玉を、ぐっと押し込む。
そうして素早く、口を開かないよう手のひらで押さえて。
「んぐ、むー!」
「ほら、出しちゃったらもったいないから、ちゃんと舐めて」
「むー!!」
「大丈夫、あの解毒剤、味はともかくとして、その効果は僕が身を以て確認済みなんだし」
じたじたと抵抗する月子を抑え込んで――しばらく。
「……舐め終わった?」
大人しくなった月子から、ゆっくりと手を離す。
「……」
「ねえ月子、何か言ってみてよ」
何度か声をかけてみたけれど、月子は小さく俯いてじっと押し黙っている。
(うーん……ちょっとやりすぎたかな。でも、月子があの飴に興味を持ってたのは確かだろうし……)
もし仮に、自分がこの飴でみー助と話を始めたとしたら、月子だって私も話がしたいと飴を手に取るに違いない。
そう思って、自重することなく続ける。
「ふうん、そう。そうやって強情な子には……実力行使って手もあるんだけど」
「っに」
びくっ、と月子の肩が小さく跳ねた上、ひくつくような声があがった。
(一体、何をされると思ったのかな)
口元が勝手に歪むのを自覚しながら、月子がおそるおそる口を開くのを眺めて、
「……にゃー……にゃ? にゃー!?」
――室内に、奇妙な悲鳴が響き渡った。
「にゃー……って、っはは、どうしたの、月子」
語尾に「にゃー」と付くのが恥ずかしいからって、まさか「にゃー」だけで会話しようとするなんて。
逆転の発想だなあと感心しつつ、でも次第に歪んでいく彼女の表情を見ていると、笑ってもいられなくなった。
まさか、というひどく嫌な予感が広がっていく。
「……って、もしかして、「にゃー」としか、喋れない……とか?」
「にゃー……」
鳴きながら、小さく頷く月子。
(ま……まさか改良版って、こういう意味で……!? まあ「猫と話せるようになる飴」って意味では、信憑性が増した気はするけど……)
にゃー、と月子が一鳴きする。
今のはもしかして、「郁」と自分の名前を呼ぼうとしてくれたのだろうか。
「ご、ごめん、月子! ああ、そんな悲しそうな声で鳴かないで」
「にゃあ、にゃー……」
おそらく今の声は、返事をしてくれたのだろうとは思う。
けれど、どういう意味合いの言葉なのかがわからない。
気にしないで、と殊勝なことを言ってくれたのかもしれなかったし、郁のバカ、と自分を責め立てていたのかもしれなかった。
きちんと意思疎通ができないということは、こんなにも辛くて不便なことだったのだろうか。
「ほ、ほら、この解毒剤を舐めれば元に戻るはずだし――」
と、解毒用の飴を取り出しかけて、ふと思い付いたことがあった。
じっと、箱の中の飴を見つめる。
入っているのは二種類の飴。
一つは、月子が舐めた飴の効果を無くすためのもの。
もう一つは、猫と話せるようになるという、不思議な飴。
「……にゃ?」
ぴたりと動きを止めてしまった自分を見て、月子が怪訝そうに首を傾げる。
(もしかして……)
箱の中から飴を一つ取り出し、そして――躊躇なく、自分の口の中へと放り込んだ。
「――ん」
「にゃ、にゃー!?」
すぐ横で驚きの悲鳴が上がる。
それを無視し、コロコロと咥内で飴玉を転がしていく。味についてはあまり考えないようにして。
黙って飴を舐めている間もずっと、月子はおろおろと鳴き続け、やがて飴玉が溶けてなくなりかけた頃、その悲鳴に変化が起きた。
「にゃー、にゃっと、郁っ!」
郁、と。
確かな発音で、自分の名前が呼ばれたのを認識して、思わず笑いが零れた。
「……あ、っはは、やったにゃ!」
「……にゃ?」
見れば月子は半ば涙目になっていた。
それほどまでに心配――いや、不安がらせてしまったのかと思うと、さすがに申し訳なさが滲む。
ごめん、と心の中で謝りながら、けれど自分の考えが間違っていなかったことに喜びを隠せない。
「思った通りにゃ――僕も「猫と話せるようになる飴」を舐めたら、月子の言葉がわかるようになったにゃ」
「うにゃあ!? そ、そんなのって、ありにゃの?」
「あるんじゃないのかにゃ? よし、これで問題はなくなったにゃ」
「にゃくにゃった、って……」
強制猫語のおかげで、舌っ足らずな感じになってしまっている月子は、言うまでもなく可愛さが倍増していた。
そしてもちろんのこと、当人はそれを理解していない。
というかまず、自分の口調がそんなことになってることにすら気付いていないのではないだろうか。
「うん、この分ならみー助とも話はできそうだにゃ。それにゃら……」
「――にゃ? にゃ、にゃにをす――にゃっ!?」
彼女を強引に引き寄せ、ソファに座る自分の足の間へ座らせた後、素早く後ろから抱きすくめる。
「い、郁っ、にゃにを……っ」
「みー助が起きてくるまで、可愛い子猫ちゃんとお話をしようと思ってにゃ」
ちなみにみー助は先程から、ソファのすぐ側にある猫用のベッドで丸まって眠っている。
きっと、しばらく起きることはないだろう。
「おはにゃしって、にゃっ……、こんにゃ体勢ににゃる必要にゃんてっ」
身体を捩ろうとする月子を、さらに腕を狭めて閉じ込めながら、その耳元に囁いた。
「話をする以外にも、確かめてみようかにゃって」
「にゃ、にゃにを」
「月子がどこまで猫っぽくなってるのかを、にゃ」
猫のご機嫌を取るときのように、喉元へと手を伸ばし、軽くくすぐるようにして指先を滑らせた。
「にゃ、っ……い、郁……っにゃ、あ」
「気持ちがいい?」
「し、しらにゃ……あ、ぅにゃ……っ」
閉じ込めた腕の中でぴるぴると震える様が大層可愛らしかったため、思わず本来の目的を忘れそうになりつつ――
その後、僕たちがみー助とどんな話をしたのかは、また別の話。
----------------
いつぞやの猫の日に部誌に書き殴ってた会話劇をリサイクルしたなど。