meganebu

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meganebu Paper -5

2012年2月11日 ラヴコレクション2012にて、無料配布していたペーパーです。

 

 

 この間、月子と二人でちょっとしたゲームをした。
 負けた方は勝った方の言うことを一日だけ何でも聞く、という罰ゲーム付きで。
 結論から言うと勝者は自分で、今日はその罰ゲームの執行日。
 まずは休日の星月学園へ月子を呼び出し、ブランドもののショップの袋と、事前に借りておいた職員寮の空き部屋の鍵を渡した。
 空き部屋で着替え終わったら自分の部屋まで来るよう指示したのが十分ほど前のこと。
 やがて自室のドアがノックされ、言われた通りにしてきた彼女を室内へと招き入れた。
「うん、よく似合ってる」
 先程まで私服姿だった月子は、おろしたてのスーツにその身を包んでいた。
 当然、パンツスーツではなくスカートタイプ。ストッキングは何となく黒にしておいたけれど、我ながらいい判断だったと思う。
 さらに、どこか困惑気味の顔には度の入っていない眼鏡がかけられていて、その細くて白い手には指示棒が握られている。
 その二つは単純に雰囲気作りの一環として、半ば冗談で袋に入れておいた小道具だったのだけれど。
(……まさか、ここまできっちり装備してもらえるとは)
「郁、あの……これ、何?」
 月子が居心地悪そうに、手に持ったものを弄りながら言うので、とりあえずからかっておくことにした。
「それ? 指示棒だけど」
「そ、そうじゃなくて! この格好って……」
「ああ、前に月子が言ってたのを思い出してね」
 二人で棒立ちしたまま話すのもどうかと思い、こっちと月子を手招きして、二人並んでベッドに腰掛けた。
 月子はタイトスカートの丈を気にしているのか、膝の上に手を重ねながら、スカートの裾をそっと引っ張ってみたりしている。
「それで、何の話だったっけ。……ああ、そうそう。僕が実習に来てた時の文化祭で、コスプレ喫茶をやったでしょ」
「コスプレ喫茶じゃなくて、星の喫茶店!」
 眉を吊り上げて即座にツッコミを入れてきた月子をはいはいと受け流し、話を続ける。
「月子が衣装係で、執事とメイドをしたよね。あのときに他の衣装案もあったって言ってたでしょ。僕たちに星月学園の制服を着せるだとか」
「あっ、うん。皆が色々案を出してくれたんだよね。執事を選んだのは、郁に似合いそうだなって思ったからなんだけど……確か、提案してくれたのは柿野君だったかな」
 途端に、クラスメイトの名前まで出して懐かしそうに語り出す月子。
 まったく、僕と二人でいる時に他の男の名前を出すなんて、いい度胸してるよね。
 でもまあ、今は罰ゲームの最中なわけだし――そのあたりは追々理解してもらうことにしようかな。
「……で、もし僕たちが制服を着ることになってたとしたら、君のコスプレは女教師あたりになるんじゃないのかなって思って」
「女教師って……それで、スーツ?」
 月子は改めて自分を見下ろして、その頬を少しだけ赤くした。
 何に照れてるのかはわからないけど、可愛らしいことには変わりない。
「そう。よく似合ってるよ、夜久先生」
「か、からかわないで」
 とか言いながら視線を逸らすものの、まんざらでもない表情の夜久先生。
 本当、月子はわかりやすくて助かるね。からかうネタが尽きなくて困るくらいに。
「そうだ。せっかくだし、僕は生徒役をやろうかな。さすがに制服は着るつもりないけど」
「え、ええっ」
 軽く腰を浮かせかけた月子の手を素早く掴むと、必殺の上目遣いでその瞳を捉えた。
 そして、
「ねえ夜久先生。今日は一体何のために来てもらったんでしたっけ?」
 罰ゲームためですよね、そう暗に告げてやる。
 やがて観念したのか、月子は大きくため息をつきつつもベッドに座り直してくれた。こちらも、掴んでいた手は離しておく。
 月子はしばらく俯いたままだったけれど、
「い……み、水嶋君、先生をからかうんじゃありません」
 真っ赤な顔でこちらを見つめ、そんなことを言ってきた。どうやら「先生キャラ」になりきってくれたらしい。
(へえ……だったらこっちも、しっかり生徒になりきらないと失礼だよね?)
 得心した、とばかりにうんうんと頷く。
「なるほどね。つまり、「他の皆には僕たちが付き合ってるってことは内緒」って設定だよね。うん、いいね。それでいこう。月子も中々いい趣味してるよね」
「い、郁!」
 にやにやとした視線を送ると、指示棒を持った手が振り上げられたので、慌てて謝っておく。
 ともあれ、なりきるための基本設定は決まったわけだし、後はシチュエーションを決めればいいか。
「じゃあ、放課後の特別講習ってことで」
「……今、まだお昼前なんだけど……」
「別にいいでしょ。それとも、「夜の」方がいい?」
「放課後でいいです!」
「じゃあそれで」

 ということで、仕切り直し。
 でもとりあえず、完璧に真っ赤になってしまった月子をじっと見つめることから始めてみた。
「な、何?」
「んー、別に? 可愛いなと思って」
「だ、だからからかわないで!」
 小さく叫んだ月子はそのままそっぽを向いてしまった。けれど、席を立とうとはしない。
 ゲームというルールに縛られた関係。
 僕たちの最初の関係と同じそれを、月子は律儀に守ろうとしていた。
(……本当、変わらないね)
 胸の奥に感じた鈍痛を受け入れ、ゲームを続行する。
「ねえ先生。僕、悩みがあるんだ。……聞いてくれる?」
 しおらしく、気落ちした風を装って声をかければ、月子はあっさりと振り向いてくれた。
「な、何かしら、……水嶋君。わた――先生でよければ、話を聞きます」
(……固いなあ)
 告げられた内容はともかく、表情は固まっているし、言葉は棒読みに近い。
(まあ、真剣味は伝わらなくもない、かな)
 演技へのダメ出しは止めておくことにして、シャツの前をぐっと握るようにしながら、苦しげに告げた。
「胸が痛いんです」
「胸が?」
「はい。……僕には好きな人がいるんです」
「……そ、そうなの」
 そこでワンテンポ遅れた月子の返事は、単なる相槌でしかなかったものの、その声色には動揺が滲んでいた。
 まあ、「恋人同士」という設定で始めているのに「好きな人がいる」と相談されるなんて、不穏な流れを考えるのも当然だろうけれど――
「その人は……ものすごく鈍感で、天然で、自分の魅力とかそういうのがわかってなくて、隙が多くて」
「は、はあ」
 こちらが何のことを言っているのか見当が付いてきたのか、月子の表情が微妙なものへと変化していく。
「僕のものだっていうのに、自覚が足りなさすぎで、おかげで僕はハラハラさせられっぱなしで――胸が、痛いんです」
 さらに芝居がかった調子で、嘆かわしい、とばかりに目を伏せる。
 それからゆっくりと目を開き、どこか呆気に取られた風な月子の顔を見つめて、言った。
「僕、どうしたらいいですか?」
「……私、そんなことないと思うけど」
「あれ? 僕がいつ、「僕の好きな人は夜久先生だ」なんて言ったんです?」
 半眼になりつつ僅かに口を尖らせて言う月子へ、にやにやしながらツッコミを入れてやる。
「! いっ……水嶋君!!」
「あっははは、って痛い、痛いってば」
 ぽかぽかと、月子の拳がわりと容赦なく叩き付けられるので、両手首を取って引き離した。
「こら。教師が暴力をふるったらダメでしょ」
「だ、だって……!」
「ごめん、からかったのは謝るよ。でも、月子に自覚が足りないって思うのは本当」
 じたじたと暴れようとする手を強引に口元へ引き寄せて、口づける。たったのそれだけで、スーツ姿のお姫様はすぐに大人しくなった。
「月子は僕のものなんだから、あまり周りに愛想を振りまきすぎないで欲しいな」
「……そんなつもりないのに」
「そうやって自覚がないのが一番困るわけなんだけど、ね」
 押さえる必要のなくなった手首から手を外す。
 そうして、何となく手持ちぶさたになった手で月子のそれを握った。
 しばらく無言のまま、手のひらから伝わる温もりを享受する。
 罰ゲームの最中だというのに、ひどく穏やかな時間が流れていった。
「そういえば、月子はうちに教育実習に来なかったよね」
 頃合いを見計らって、そう切り出す。
「あ……うん」
 そして、今日の一番の目的を口にした。
「どうして普通の高校へ行ったの?」
 そう――月子は教育実習課程を履修しておきながら、実習場所は地元の普通科高校を選択していた。
「え……だ、だからそれは、迷ってるうちに申込みの締切が過ぎてて……」
 当時も同じ理由を説明された。けれどそれは、今思えば随分と彼女らしくない理由だ。
「それだって、琥太にぃに言えば何とかなったかもしれないのに、代わりに地元の学校に申請したのが通ったからって、事後報告だったよね」
 指摘してやると、月子は非常にわかりやすく目を泳がせた。ため息をつきたくなるのを抑えて、続ける。
「ねえ。星月学園に実習に来なかった理由、他にもあるんじゃないの? ……もう時効だと思うし、この際白状してもらえないかな」
 月子の目の前で両手の人差し指をクロスさせて、罰ゲームの存在を示してやる。
「……だって」
「だって、何?」
 復唱して先を促すと、そこからさらに迷ったのち、月子は端的に答えた。
「……恥ずかしくて」
 まさか、生徒の前で教えるのが恥ずかしい、という意味ではないのだろう。
 けれど、結局の所よくわからないので、重ねて訊ねた。
「恥ずかしいって、何が?」
「……実習してるところを、郁に見られるのが」
 言い終えるなり気まずそうに俯いてしまったのは、それなりに罪悪感を持っていることの現れ――と考えていいんだろうか。
 何というか正直、予想外すぎて呆れてしまった。
 なので、意地の悪いツッコミを入れておくことにする。
「そんな理由で、僕と一緒に過ごせる時間をふいにしたんだ?」
「うっ……そ、それに星月学園の実習枠は倍率が高かったし、あと、三ヶ月間の拘束は単位が……」
 もごもごとした言い訳が返ってくる。
 ただ、時効だと言ったのは自分の方なので、まあいいけど、と興味なさげに相槌を打って話を打ち切った。
 すると、
「……もしかして、このコスプレをしたのって、それが理由?」
 月子にしては珍しい、鋭い指摘だった。
「そうだよ? 月子の教育実習生姿を見たかったなーって思ってね」
 にっこりと告げてやれば、何だか申し訳なさそうにしている月子。
 恥ずかしがらずに星月学園へ実習に来たら良かった、とか後悔してくれているんだろうか。
(まあもちろん、スーツを選んだ理由は、それだけじゃあないんだけど)
 というか、男性が女性に服を贈る意味って、前に教えてなかったっけ? まだだったかな。
 まあ、どっちでもいいか。
 これからしっかりと理解してもらえるだろうし。
「――というわけで、もう少し続けようか」
「え?」
「女教師と生徒ごっこ」
「……教育実習生ごっこって言って」
 頬を赤く染めながらも、それなりに乗り気な夜久先生は眼鏡の位置を直しながらそう言った。



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ペーパー配布時の新刊がアナザールート本だったのでペーパーはアフタールートネタに走りました。