meganebu

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meganebu Paper -3

2011年2月6日ラヴコレ2011にて、無料配布した小冊子に掲載していた小説/漫画です。

※印刷用データのため、一部読みづらいところがあります。ご了承ください。

 

 

 ピンポーン。
 何の変哲もないドアホンの電子音に浮き立ちながら、壁にかけられた受話器を取った。
「はい、どちらさま?」
 誰がやって来たのかはわかっていたけれど、わざとぶっきらぼうに呼びかける。
 別に他意はない。訪ねてきたのが想像していた当人でなく宅配便や新聞屋ということもあるだろうし、だったら愛想良くしておかなくてもいいかと、そう思っ ただけのこと。
 やや間を置いて、返事が聞こえてくる。
「いく、わたし。つきこ!」
 その声はやや舌っ足らずで、妙に幼い印象を受けた。
 少し引っかかるものがあったけれど、電話とかで声の調子が違って聞こえる、というのはよくある話だ。だから、気にしないことにする。
「ああ、いらっしゃい。今開けるよ」
 空々しく告げてから入口のオートロックを解除して、受話器を置いた。ここで突っ立っていてもしょうがないので、部屋を出る。
 玄関にはすぐ到着した。何気なく、先にドアチェーンと鍵を外しておくかと手を伸ばして、――途中で引っ込める。
(……ああ、もう。何をやってるんだ、僕は)
 こんな、すぐにでもドアを開けられるようにしておくなんて、これじゃまるで、彼女の来訪を心待ちにしていたみたいじゃないか。
 まあ、違うのかと言われたら、否定はしない。
 けど、それを彼女に知られていいかどうかはまた別の話だ。
 そんな微妙な心地を持て余していると、再びピンポーンと電子音が響く。
 軽く咳払いをして、髪の毛をちょいちょい整えて、表情を取り繕う。
 それからドアチェーンを外し、鍵を開け、玄関のドアを開けた。
「いらっしゃ、い……?」

 ――なんというか。
 わけがわからなくて動きが止まってしまった。

(……ええっと)
 何度かまばたきをしてみたものの、目の前の光景が変わる様子はない。
 狐につままれた心地っていうのは、きっとこういうことを言うんだろう。
 だって――開いたドアの向こうに居たのは、小学生くらいの可愛らしい女の子だったんだから。
 とはいえ、いつまでもここで女の子とお見合いしててもしょうがない。
「……ねえ、君。今、ここにお姉さんが居なかったかな」
 この状況に一番合理的な説明をつけるとしたら、彼女の悪戯、ぐらいしか思いつかなかった。
 さっきドアホン越しに聞いた声は、確かにちょっとおかしな感じはした。でもあれは間違いなく月子の声だ。
 それに今から一時間ほど前に、「今から行ってもいい?」というメールをもらっている。ドアホンが鳴った時、誰が来たかわかっていたのはそのためだ。
 でもよく考えたら、これってかなり珍しいことだ。
 彼女は教師をしている自分の都合を気遣ってか、いつも約束をした上で会いに来る。
 だから今日みたいに、唐突にやってくるなんてことは滅多にない。というか、これが初めてな気がする。
 何か緊急の用件でもあるのかもしれない、と思ったけれど、だったら電話で直接話せばいいことだ。
 とまあ以上のことから、「彼女は僕を担ごうとしている」と考えてみると――色々と納得が行くような、……行かないような。
(近所の子に立ってもらって、自分は物影に隠れてる……とか?)
 試しに玄関から顔を出して辺りを見渡したけれど、それらしい人影は見当たらない。
 すると、可愛らしい声が元気に叫んだ。
「いく、わたしつきこ!」
(……悪戯にしては、随分と手が込んでるね)
 こんな小さな子を言いくるめて、悪戯に加担させるだなんて――果たして、彼女がそんなことをするだろうか。
 心の中で首を傾げつつ、その場でしゃがんで少女と目線を合わせた。
「君にそう言うように言ったお姉さんはどこに居るのかな」
「だから、わたしがつきこ!」
「ああ、もしかして、本当に同じ名前なのかな。それでこんな悪戯を思いついた、とか……?」
 自分で言いながら、それはない、という強烈な違和感に襲われる。
(いや、違う。少なくとも、僕が知っている彼女はこんなことはしない)
 結局、先程とは真逆の結論に達してしまった。正直言って、わけがわからない。
 とりあえず、一度部屋に戻って携帯で連絡してみた方がいいかもしれない。そう思案し始めたところで、
「いく、これ!」
 今にも泣き出しそうな顔で、少女が右腕を掲げた。
 こちらに突き出された右手は何かを堪えるようにぎゅっと握りしめられていて――いや、何かが握られている。
「これは……」
 ひどく見覚えのある星が、そこにはあった。
 慌てて自分の手首を見て、再び彼女の掲げる星とを比べる。
 それは確かに、自分が月子に贈ったものだった。彼女が生まれたことを祝う日でありながら、一日一緒に過ごせなかったあの日に贈った、二人お揃いの星。
 受け取ってぼろぼろと泣き出した彼女の顔は、今でもまざまざと思い出せる。
「……君、まさか本当に月子……なの?」
 恐る恐る口にすると、ぐっと唇を噛んでいた少女の顔がくしゃりと歪んだ。
「……っさ、さっきから、そうゆってる、のに……っ」
 声を詰まらせた途端、大きな瞳からぼろぼろと涙が溢れ出す。
 思い出したばかりの彼女の泣き顔と、目の前の少女のそれとが重なった。
「っふぇ、えぐっ……ぅええ」
「ちょっ、ちょっと落ち着いて! わかったから、とりあえず入って、ね!」
 半ば引きずり込むようにして、彼女を玄関の中へと招き入れ、急いでドアを閉めた。
 ふー、と大きく息を吐き出す。
 玄関口で小さい子を泣かせてたなんて、近所の人に見られたらどう思われるかわかったもんじゃない。
 鍵とドアチェーンをかけ終えて、ぐすぐすと目を擦っている少女を途方に暮れた心地で見下ろした。


***


 座って待つように告げて、ミルクと砂糖を多めに入れたコーヒーと濡らしたタオルを持って戻ると、彼女は定位置であるソファの片側にちょこんと座ってい た。
 マグカップを渡し、赤くなってしまった目元にそっとタオルを押し当ててやる。
「……ごめんなさい」
「どうして謝るの」
 押し当てられたままでは飲みにくいだろうと、タオルを彼女の手に持たせてやってから、すぐ隣に腰掛けた。
「……おどろかせちゃったみたいだから」
「まあ、確かに驚いたけど、……事情を聞かせてもらえるかな」
 こくり、と頷いた彼女は、たどたどしく説明を始めた――それを要約すると、「天羽君のくれた飴をなめたら身体が小さくなってしまった」ということらし い。
「……なるほど、ね」
 それなら納得せざるを得ない。
 猫と話せる(らしい)飴を実体験したし、何より手のひらサイズになってしまった彼女を目の当たりにしたことがある身としては。
「ていうか何でまた、そんなあからさまに怪しいものを食べたりしたの」
 猫だの犬だのと話せる飴の時は傍観者でも、手のひらサイズになった時は彼女自身が被害者だったのだ。
 そんな目に遭っておきながら、もう一度と彼の発明品を口にしようだなんて、酔狂にも程がある。
「だって……おみやげ、っていってもらったから」
 どうも彼女は「土産」という言葉から、その飴を既製品だと思い込んだらしい。まあ確かに、土産と言われて渡されたものが実は発明品だったなんて普通は思 わない。
 ……まったく、卒業しても人騒がせな。
「で、会計君に連絡は?」
「したんだけど、つうじなくて……」
 話によると、アメリカ留学中の会計君は一時帰国していたそうで、再び海の向こうへ旅立つ彼を見送りに行った月子は、その際に問題の飴を貰ったという。
 見送りを済ませ自宅に戻った彼女は何気なくその飴を口にし、ごらんの有様、ということらしかった。
 もし彼女と別れて空港に向かい、すぐの便に搭乗したのなら、もう現地に到着していてもいい頃だ。
 ただ、彼女が聞いたのは「今日帰る」ということだけで、何時の便で発つかはわからないという。
「連絡がつかないのは、今頃空の上って可能性もあるか……」
 時計を見て逆算しながら呟くと、彼女は自身の携帯を握りしめ、しょんぼりと肩を落とした。
「とにかく、今は待つしかなさそうだね。……ほら、大丈夫だから」
 持たせていたタオルを取って、再び目元に押し当てた。
 そして、彼女の顔に貼り付いた心細さを取り除けないかと、思ったことを一気にまくしたてる。
「猫の飴のときだって解毒用の飴があったんだから、今回の飴にも元に戻るためのものがあるはずだよ。それに、月子が手のひらサイズになったとき、あれは結 局時間が経ったら元に戻ったよね。今回も身体が小さくなったわけだし、同じように時間が経ったら戻るかもしれない」
「ぁ……」
 月子の顔は僅かに輝いたものの、またすぐに萎んでしまった。
「……わたしもそうおもって、まってみたの」
「え?」
「あのときとおなじくらいのじかん、まってみたの。でも、もどらなくて……」
(……ああ、それで)
 それで、もう夕方って時分になってから連絡を寄越したのか。
「……このままもどらなかったら、どうしよう……」
 声を震わせて呟く月子の肩を抱き処せ、指先だけでぴたぴたと二の腕を叩いた。
「そう不安がらないの。さっきも言ったけど、まだ飛行機に乗ってるんだとしたら連絡は取れなくて当たり前なんだし。そういえば、会計君と一緒に誰か留学し てたんじゃなかったっけ。その人に連絡はしてみた?」
「うん。でも、やっぱりつながらなくて……メールはおくったけど、へんじはないの」
 どうやら彼女は、思いつく限りの手は尽くした上で自分を訪ねてきたようだった。
(一人でいるのが不安だったんだろうね。でも僕の家に来るより、幼なじみ君の所へ行った方が早かったんじゃない?)
 だというのに、さして近所でもない場所にあるこの家まで自分を頼って来てくれたというのは――それなりに、嬉しい……気はする。
「ねえ、月子。明日は何か予定があったりする?」
「う、ううん。とくにないけど……」
「そう。ならとりあえず、今夜は僕のところに泊まっていくといいよ。大丈夫、何かあったら僕が月子の面倒を見るから」
「いく……」
「そうだな。仮に、もしこのまま連絡がつかなかったら、一緒に現地まで押しかけるのはどうかな。場所はわかる?」
「……うん。まえにとどいたポストカードに、じゅうしょがかいてあったから。……でもいく、おしごとが」
「そんなの、月子に何かあったって言えば琥太にぃだって陽日先生だっていいからすぐ行ってこいって言ってくれるよ。まあ、言ってくれなくても行くけどね。 だから、安心して」
 優しく肩を掴み直して、不安に揺れる大きな瞳を覗き込む。
「……っ、いく」
 ぼたぼたと音がしそうなくらい、大きな涙の粒が月子の目から溢れ出した。
 泣かないでと言おうとして、先に月子自身が目元を擦り始める。手の甲でひどく乱暴に、何度も何度も。
 それでも、月子の涙は止まる様子がなかった。だから彼女の手つきもどんどん手荒なものになっていく。
「月子。いいから」
 目を擦り続ける手を引き剥がし、そのまま抱き寄せる。
 小さな顔を胸元へ押し付けるようにして、頭をぽんぽんと叩いた。
「さ。特別に、僕の胸を貸してあげる」
「ふ、ぇ……」
 月子はこちらの胸にしがみつくと、わんわんと泣き始めた。
 泣き声が小さくなり、しゃくりあげるだけになるまで結構な時間がかかって――
「……月子?」
 大人しくなったなと思ってよく見ると、彼女は小さく寝息を立てていた。
(泣き疲れて眠っちゃうなんて、本当にお子様。……って、リアルに子供なんだった)
 起こさないよう慎重にソファに横たえて、涙の痕が残る頬をそっと撫でる。
 すると、彼女の口が小さく動いた。
「……ぃ、く……」
 掠れた声が、自分の名前らしきものを呼ぶ。
(……っ)
 その、微かに開いたままの小さな唇に――泣き腫らした寝顔に、どきりとさせられる。
(って、何をドキドキすることがあるんだよ。相手は子供で……いや月子なのは変わりないけど、にしたって僕にそんな趣味は)
 ないない。
 大きく首を横に振ってから、彼女にかけてあげるものを探そうと立ち上がった。


***


「……あ、起きた?」
 テーブルの上に皿を置きながら、ソファの上で身を起こした月子に声をかけた。
「ご飯ができたよ。食べられそう?」
「……うん」
 月子はそう返事をしたものの、中々やってこない。
 どうしたのかと見に来てみると、彼女はかけてあげていた毛布を畳もうと必死に格闘していた。
「そんなのいいから、早く。冷めちゃうでしょ」
 彼女の手から毛布を取り上げて適当に折り、ソファの背に放る。それから、小さな手を引いてテーブルまで戻った。
 引いたイスに座らせると、彼女は小さく歓声を上げた。
「わあっ」
 食卓に並ぶ皿をじっと見つめながら――口を半開きにして、目をきらきらさせている。
 彼女は元々顔に出やすい方だったけど、ここまであからさまだと妙に気恥ずかしい。
(手料理をご馳走するの、初めてじゃないはずなんだけどな……まあ、喜んでもらえたのなら何より、か)
「子供が大好きなものを作ったよ。オムライス」
 でも気が付いたら、そんな嫌味っぽいことを口にしていた。
「……いくのこうぶつ、だよね」
 子供にジト目で見返される。って、地味に傷つくな、これ。
「月子の口に合いそうなものを作っただけだよ。ちゃんと味見もしたしね。まあ、月子の幼なじみ君には敵わないかもしれないけど。さ、どうぞ」
 月子はまだ少しむーっとした表情のまま、それでも素直にスプーンを手に取った。
 そして、小さめに掬ったそれをぱくりと口にした途端、
「おいしい!」
 ぱっと顔を輝かせる。
(良く言えば、微笑ましいけど……正直に言わせてもらえばゲンキンにも程がある、ってところかな)
 だからまた、少しだけ意地悪をしたくなった。
「月子の幼なじみが作ったのよりも?」
 食べることに一生懸命になりつつある月子が、一瞬だけきょとんとした表情を浮かべた。
 けれどすぐに、その顔は笑顔へと戻る。
「うーん、あじつけがちがうからくらべられないよ。どっちもおいしい!」
 そんな風に言って、また嬉しそうに食べ始めるんだから、……子供ってずるいよね。本当に。
「ごちそうさまー!」
「おそまつさまでした」
 小さな身体で食器を片付けようとする月子をやんわり止めて、そろそろ連絡してみたら、と促す。
 あっ、と間が抜けた声が返ってきたあたり、どうやらすっかり忘れていたらしい。
(……まあ、寝て起きてご飯食べれば、満足して不安も吹き飛んじゃうよね。子供だし)
 ざっと片付けを済ませて、リビングに戻る。
「……」
 ソファに座った彼女の様子を見れば、もう何も聞く必要はなかったけれど。
「どうだった、って一応聞いてもいい?」
「……つながらなかった」
 しゅん、と項垂れる彼女の隣に座り、その頭を撫でてやる。
 やがてゆっくりと顔が上がり、どこか不満そうな目で見上げられた。
「……こどもあつかい……」
「だって月子、本当に子供でしょ」
(……あ)
 しまった、と思うがもう遅い。
 びしりと音がしそうなくらい月子の顔が強張って、そのまま無言で俯かれる。
(あー……つい、いつもの調子でやっちゃったよ)
 こんな、元に戻るか戻らないか、なんて時に、失言にも程があった。
「……ねえ、月子」
 返事は待たなかった。彼女の脇に手を差し入れて軽々と持ち上げ、こちらの膝上へと座らせる。
 その上で、後ろからゆるく抱き締める――これで、お互いに顔が見えなくなった。
「い、いく!?」
「さっきのは失言だった。ごめん」
 素直に謝る。こればかりは反省したから。本当に、申し訳ないと思ったから。
 だから――舌の根も乾かないうちに、懺悔を続ける。
「実は、……不謹慎だけど、僕はこのハプニングに感謝してるところがあるんだ」
「え……」
 月子が振り向こうとするのを、抱き締める腕に力を込めて防ぐ。
「あのさ。月子の小さい頃の写真、何度か見せてもらったよね。……もれなく幼なじみ君達が写ってるやつばっかり」
「それは、しかたないよ。いつもいっしょだったし」
「うん。だから、小さい頃の月子を知ってるのは、月子のご両親と、幼なじみ君達ぐらいだったわけだよね」
 うん、と頷いた月子の語尾には、クエスチョンマークが付いていた。
「それって、幼なじみならではの特権だと思わない? だから、こうして小さい頃の月子に会えた僕はすごくラッキーだなって」
 しばらく間が空いて、月子は小さく首を傾げた。
「……そういうもの?」
「そういうもの。彼らだけが小さい頃の月子を独占してた。でも今日、それに僕も加わることができた。本来ならありえないことだけどね。……正直、恩恵に与 ることができて、得したなって思ってる」
 自分勝手で、無神経なことを言っている自覚はあった。
 だから、腕の中の小さな存在を閉じ込めるのに、もう少しだけ力を込める。
「僕は、これからの月子の全てを独占することはできるけれど、これまでの月子はそうはいかない。だから――」
 そこまで言って、気付いた。
 さっきまで顔を上げていたはずの彼女が、かくりと力なく項垂れていることに。
「……ごめん。やっぱり不謹慎だった」
 力を緩めて、彼女を囲っていた腕を外す。
 膝から降ろすことまではしなかった。けどこれで、彼女はいつでも自分の意志で降りることができるはずだ。
 しばらくの間、月子はそのまま動こうとしなかった。
「……いく」
 小さな声が、名前を呼ぶ。
「いくは……もし、もしわたしがこのままでも、わたしのことすきでいてくれる……?」
 こちらの膝に座ったまま――けれど振り向くことはせず、小さな肩を震わせて。
「こどもっぽいっていうか、……こ、こどもそのものなのに」
「……ねえ、もしかして」
 そっと伸ばした手で、触れていいかどうか一瞬だけ迷う。でも、触れた。
 肩を掴んだ手をするりと腕に滑らせて、肘を過ぎたあたりでショートカットして、月子の手を握る。
 自分が知っているものよりも、随分と小さな手だった。
「さっきから沈んでるのは、それが原因?」
 けれど、そこにある温もりは、何も変わってなどいなくて。
「子供だから、……僕に嫌われるかもしれない、って?」
 こくり、と小さな頭が縦に振られた。
(まったく……!)
 遠慮なしに、手加減もなしに、後ろから再び、その小さな身体を抱き締めた。
 痛いかもしれないと思ったけれど、まあちょっとした罰だと思って我慢してもらうことにする。
(小さくなっても、僕をこうやって翻弄する。……月子はいけない子だね)
「そんなわけないでしょ。どんな姿になっても、月子は月子だよ」
 腕から少しだけ力を抜いて、息を呑んだ小さな身体を抱き締め直す。
「ねえ。今の月子は、僕と出会ってからのことが思い出せないとか、そういうわけじゃないよね?」
「う、うん。ちゃんとおぼえてる……」
「なら、何の問題もない。月子は月子のままだ」
 だって、僕はそんな月子を好きになったんだから――とは、心の中だけで続けたけれど。
「で、でも……」
「子供だから、って? うーん、確かに、僕にそっちの気はない……はずだったんだけど」
 抱き寄せる位置を少しずらして、顔をこちらに向けさせる。
「月子に関してはそれでもアリかなって思えてきた」
「え、え?」
 顎を掴み、軽く上向かせる。
 でもそれ以上は何もしないまま、そっと指を外した。
「ていうか月子、こんなに小さい頃から可愛かったなんて、……本当、幼なじみ君達に大事にされてきたんだな」
 何となく、彼女の頭を撫でてやる。さらさらの髪が手に心地いい。
 月子は少しの間、嬉しさと戸惑いがないまぜになった表情でされるがままになっていた。
「いっ、いく」
 やや赤い顔に、真剣な表情を乗せて、真っ直ぐにこちらを見据えて――月子は言った。
「すずやもかなたもようくんも、みんなわたしのだいじなおさななじみだけど、いま、わたしがすきなのはいくだから」
 きっぱりとそう言いきった癖に、月子はそこから自信なさげに目を伏せた。
「こ、こんなかっこうになっちゃってるけど……」
「うん。わかってるよ」
 もう一度抱き締めて、素直な気持ちを囁く。
「……本当に、月子は可愛い」
 それ以外に感想が出てこなかった。
(そんなさらっと、僕のことを好き、だなんてね。普段ならもっと真っ赤になって、言いにくそうにしてるくせに)
 それに、ちょっと舌っ足らずな感じなのもまた可愛い。
 こんな声、彼女が小さくならなければ絶対に聞けなかっただろうし――と、そこで気付いたことが一つ。
(……そうか。そう考えると、僕は誰よりも得をしたのかもしれない)
 力を緩めた腕の中に、内緒話をするように問いかける。
「ねえ。月子はさ、僕が初恋だったんだよね?」
「え? ……う、うん」
 望み通りの返事が返ってきて、勝手に顔がほころぶ。
 つまり、子供の頃の月子は、誰かに明確な好意を持つことはなかった、ということ。
(子供の状態で、誰かのことを好きだっていう月子を見ることができたのは、僕が初めてってことになる)
 それは、あの幼なじみ君達でも為し得なかったこと。
 僕だけが知っている、僕だけの月子が、今目の前に居る、ってことだ。
「……ねえ、月子。言ってみてくれる? もう一度」
「なにを?」
「僕のことが好きだって。さっき、そう言ってくれたよね。もう一度聞きたい」
「えっ。あっ……で、でも」
「今更、恥ずかしがることなんてないでしょ。ダメ?」
 しばらくもじもじと逡巡していた月子は、最終的に恨めしそうな目でこちらを見上げて、口を開いた。
「……ぅ……す、すき」
「――僕もだよ」
 まいったなと、そう思う。
 本当に、ロリコンの趣味はなかったはずなんだけど。
(月子だったら、本当に、どんな姿でも――)
「え、いっいく」
 ぺちり。
 小さな手が、近付けたこちらの口元に押し当てられた。
 それをあっさり引き剥がし、意地の悪い笑みを浮かべてみせる。
「何、これ」
「なにって、だって」
「キスしたい」
 欲求を素直に言葉にしてやると、月子の顔が一気に赤くなった。
「でっでもわたしこどもで」
「変なことはしないよ。ただのキス。……お子様用のね」
 最後に付け加えた単語に、月子が頬を膨らませる。
 じゃあ大人用にした方がいい? と更にからかおうかと思ったけど、止めておいた。
 何というか……うん。その、あまりにも膨れっ面の月子が可愛かったから。
 普段やっても可愛かったけど、小さい子がやるとこうも可愛くなるものだとは、さすがに知らなかった。
「ほら、目を閉じて」
「……っ」
 ひどくまごつきながら、それでも月子はこちらの指示に従ってくれた。
 だから自分も、言った通りのことだけをする。
 ただ、触れて――唇の小ささに、本当に小さくなったんだなと再認しながら――それだけで離れる。
「……ね?」
 林檎みたいに真っ赤になった月子に微笑みかける。
 俯いてしまったその様子がどうにも可愛らしくて、抱き締める以外にどうすればいいのかわからなかった。


***


「ん……」
 腕の中でもぞもぞと動く気配がして、目が覚めた。
 目の前には彼女の頭がある。さらさらのストレートの髪からは、自分が愛用しているシャンプーと同じ香りがした。
 昨晩は一緒にベッドに入って、他愛もない話を二、三しているうちに、彼女はすやすやと眠ってしまっていた。
(本当、子供は寝付きがいいよね。こんなに小さ……)
「……くない」
 そう――腕の中でむにゃむにゃと覚醒寸前まで来ている月子は、いつもと同じサイズの月子だった。
「んぅ……? あれ……」
「月子、起きた? 調子はどうかな」
「え……調子? うん、別に普通だけど……あっ」
 そこでようやく気付いたというか、寝惚けた状態から目を覚ましたらしい。
 月子は横になったまま、自身の姿を見下ろしたりぺたぺた触ったりしている。そして、勢いよく上がった顔には、満面の笑み。
「郁! 戻った!」
「そうみたいだね。……うん、良かった」
「うん! え、あ――あれ?」
 彼女の肩を掴んで、互いに向き合う形で横になっていたその肢体を、シーツへと押し付ける。
 ああ、手加減しなくていい、ってのは楽でいいね。
「い、郁?」
「今日はお休みだって言ってたよね」
「い……言ったけど」
「それじゃあ、何も気にすることはないよね?」
「ね? って、ちょっ待っ、い――」



 ――そこから先は、まあ別の話ということで。


 ああ、会計君? もちろん、後でこってり絞らせてもらったよ。当然僕だけじゃなくて、話を聞いたあちこちから説教が飛んだらしいけど。
 別に、お詫びとして例の猫の飴を請求しようだなんて考えたりはしてないよ? うん。
 ほんのちょっと考えてみただけだって。

 ……本当だってば。



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春PSPでお目見えしたロリつっこがあまりにもマジ天使だったのでついカッとなってやった。反省はしていない。
手のひらサイズ云々の元ネタは秋PC版の店舗特典ドラマCDです。(実月)

 

 

 

 

 

実月さんに無理やり言われてわたしはノリノリで描いただけなんです……!!(仲村)