meganebu

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meganebu Paper -1

2010年5月2日スーパーコミックシティ19にて、無料配布した小冊子に掲載していた小説+漫画です。

※印刷用データのため、一部読みづらいところがあります。ご了承ください。

 

 

 人気のない校内を出る。
 外は完全に日が落ちていて、見上げた空には、自宅から見上げるよりもたくさんの星々が瞬いていた。
「わぁ……」
 小さく歓声をあげたのは、星の多さと、在学していた頃と何ら変わらない光景であったこと。
 ここは変わらない。
 「成長しない」という意味ではなく、「本質的に変質しない」という意味で。ここに来れば、あの頃と同じくたくさんの星を見ることができる。
 それは星が好きな自分にとって、とてつもない安心感をもたらした。
 変わらないのは星空だけではない。
 学園の恩師達も変わらなかった。
 とりわけ元担任や理事長などは、会話をすればあの頃に逆戻りしたような錯覚を覚えるほどで。
(……いいな)
 毎日ここで過ごしている「彼」が、少しだけ羨ましく思える。
 彼――この先の中庭で待ち合わせをしている相手。
 人目に付くのも何だから終わった後に行こうか、そう提案してきた星月学園天文科の教師。
 自分のクラスと顧問をしている天文部の両方を見るため、文化祭の最中に抜け出してくる暇すらなかったようだ――とは、先ほど保健室の雑談で知ったのだけ れど。
 彼は変わった。
 そうさせたのは自分である、というのは自惚れに過ぎるかもしれない。けれど、自分と付き合っていく中で、彼が少しずつ変わっていったのは事実だ。
 変わらない場所で、変わった彼と会う。
 そこは、思い出の場所。
 ある意味では、彼とのはじまりの場所――中庭に設置された星月学園文化祭名物こと、スターロード。



*****



 向かう先に既に人影があるのを見て、私は慌てて走った。
 挨拶もそこそこに息を整える私に、彼――郁はおかしそうに言う。
「そんな走ってこなくてもいいのに」
「だ、って……ごめんね、待たせちゃったかな」
「月子は時間通りだよ。僕が早く来てただけ」
 待ち合わせより早く着いて、OGとはいえ部外者である自分が一人でうろうろしているのは問題かもしれない。
 そう思って、時間まで保健室にお邪魔させてもらっていたのに。
「……なら、もっと早く出てくればよかった」
 学園に来たのは午後からで、郁の受け持つクラスへ行ってみたけれど、タイミングが悪かったのか彼に会うことはできなかった。
 だから、今日郁に会うのは今が初めてだった。時刻はもうすぐ学生寮の門限に近い。
「ほら、拗ねないの」
 郁の手が頭に乗せられて、頭頂部を何度か叩いた後、優しく髪の毛を滑っていく。
(……子供扱いされてる)
 学園に来たからだろうか。最近はそれほど気にならなくなっていた感覚が、ゆっくりと鎌首をもたげていた。
「さ、行こうか」
 髪の毛を離れた手が、自分の前に差し出される。
「……うん」
 温かくて優しい――大好きな温もりが、私の手を包み込む。
 すると、先ほどの不穏な感覚はあっけなく霧散した。
「僕が先に来てたのには理由があるんだ」
 僅かな距離をゆったりした速度で歩きながら、彼は言う。
「これ、一般客を帰したあたりでいくつか照明を落としちゃっててさ。エコとか何とか言って。全く、余韻も何もあったもんじゃない」
「そうなんだ。じゃあ、郁が付け直したの?」
「まあね。といっても、二つ三つ電源を入れただけだけど」
 話しているうちに、スターロードの入口まで来た。自然と、二人で足を止める。
「前に来たときも言ったけど……僕たちはここから始まったんだよね」
「うん」
 何かを言おうとして――やはり自分も、前に来たときに言ってしまったと気付いた。
 だから、繋いだ手を強く握り返すだけにする。
「……行こうか」
「うん」
 頷いて一歩を踏み出せば、そこは幻想的な光の只中。
 ――『スターロードを好きな人と歩けばうまくいく』
 まことしやかに囁かれている伝説は、今こうして自分達が現実のものとしていた。
「伝説更新だね」
「ん? ……ああ、そうだね」
 これも、前に来たときに話したことだった。
 自分達が伝説通りになっていると言ったら、来年にはどうなっているかわからないけどね、と郁が意地悪く返してきて。
 意地になった自分が、伝説を嘘にしたりなんかしないと言い張って――結局は郁も、僕もせいぜい愛想をつかされないよう頑張るよ、そう言ってくれた。
「それにしても、成功例が僕達だけっていうのは伝説として信憑性が薄くない?」
 言われてみれば、確かにそうかもしれない。
「でも、今年も女子はいないんだよね」
「世間じゃ未だに男子校だって思われてるみたいだしね。パンフレットにもちゃんと共学って書いてあるのに」
 もちろん伝説は学内の人間に限った話ではない。
 けれど学外の人となると、結果的にどうなったという話は全く伝わってこないし、確認する術もない。
 というか、伝説の信憑性よりも女子の入学希望者がいないことの方が問題のような気がする。
「もし、もっとすごい伝説だったら、星月学園に興味を持つ人が増えたのかな」
「すごいって、例えば?」
「うーん……『スターロードを通ると勉強ができるようになる』、とか?」
 ぷっ、と無遠慮に吹き出す音が聞こえた。
「いつから星月学園は学業の神様になったの?」
「う……だって、新入生を呼び込みたいなって思って……」
「まあ確かに学生の本分は勉学だし、ある意味正攻法かもね」
 笑いを堪える郁の顔つきが、半分ぐらい「教師」としてのそれになる。
「でも、年に一度のイベントとしては魅力に欠けると思うな。それに、仮にそれが伝説だったとして、月子はここに入ろうと思う?」
こちらを覗き込んで諭すように語る様は、彼が大人であることを――自分が子供だということを――再認せざるを得ない。
 気まずさに俯いた私は、だよね、と小さく相槌を打つので精一杯だった。
(考えなしに思いつきで言うんじゃなかった……)
「何落ち込んでるの? 僕はいいと思うけどね、月子らしくて」
 郁の言い方に含みがある気がして、警戒気味に見上げる。
「……どういう意味?」
「可愛い、って意味」
 案の定からかわれていた。そのことに、思わずそっぽを向く。
 卒業してから数年。郁の意地悪さにもすっかり慣れて、笑って受け流せたはずのそれが、今はどうしてかうまくできない。
 確かにここに来てから、どこか昔に戻ったような心地はしていた。
(……でもこれじゃ、「昔」じゃなくて「子供」に戻ったみたい)
 顔の向きを戻すタイミングを掴めないまま、自分の情けなさにため息をつきかけて、
「ねえ。月子のそういう子供っぽい発想をするところ、僕はすごく好きだよ」
(……っ!)
 郁の言葉は、ぐさりと心に突き刺さり――私の中にあった殊勝な思考を全部吹っ飛ばしてしまった。
 己の不甲斐なさを棚上げし、私は思わず繋いだ手を払おうとした。けれど、郁の手に力が籠もる方が僅かに早い。
 さらに、その手は強引に指の間に指を絡ませるようにして、俗に言う「恋人繋ぎ」の形に落ち着いた。
 よりダイレクトに伝わる温もりに、つい絆されそうになる。
(……ご、誤魔化されないんだから)
 大人は、あんな軽口くらい受け流すものかもしれない。
 だから、それができない私はやっぱり子供なのかもしれない。
(でも)
今日ばかりは、そんな私を支えてくれるものがあった。
 久しぶりに会った恩師達は口を揃えて言ってくれた――見違えたな、随分大人っぽくなったな、綺麗になったな、等々。
 それがお世辞や社交辞令だったとしても、実際に服装やお化粧に気を遣ってみた自分にとっては十分嬉しかったし、「お子様ではない」という自信に繋げるも のとしては申し分ない。
(……よし、決めた)
 このまま郁に「子供っぽい」なんて思わせたくない。それはすごく悔しいし、不本意すぎる。
 だからせめて、郁がちょっとでも私を見直すぐらいの、とにかくものすごいことを言ってやらないと気が済まない!
(『スターロードを歩くと願いが叶う』……ってダメダメ、神頼みっぽいところから離れなきゃ! ええと……)
 悪あがきにも似たその考えこそが「子供っぽい」のだと気付かぬまま、私は必死に思考を巡らせて、そして――
「あっ」