meganebu

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magic memory

A5/44P/400円
トキ春前提のHAYA春小説本

 

実月個人誌。
催眠術で自分をHAYATOと思い込んだトキヤと、一日だけ一緒に過ごすことになった春歌の話。
表紙はのはらさんに描いていただきました。

 

本文サンプルは続きから。

 

 

◆「magic memory」本文サンプル



「神宮寺さん!!」
 ばたばたと事務所の廊下を走り、わたしを呼び出した人の元へと辿り着きます。
「あっ、あのっ……げほっ、ごほっ」
 全力疾走してきたせいで咳き込んだわたしの背中を、神宮寺さんは落ち着いてと撫でてくれました。
 どうにか呼吸ができるようになって、わたしは抱えた不安を持て余しながら口を開きます。
「い、一ノ瀬さんは」
「いいかいレディ。気を確かに持って欲しいんだ」
「は……はいっ」

 ――イッチーが大変なことになった。

 携帯から聞こえた神宮寺さんの声は、まず初めに、淡々と結論だけを述べられました。そして、
『詳しいことはちょっと……うまく説明できそうになくてね。直接来てもらえるかな』
 歯切れ悪く続けられた言葉に、わたしは取るものもとりあえず部屋を飛び出したのです。
 口では説明出来ないような、大変なこと。
 例えば――何か、大きなミスをしてしまったとか。あの一ノ瀬さんが? それは考えにくい気がします。
 そうでないなら、怪我とか病気とか? だとしたら、口では説明できないくらい、症状がひどいということ?
 でもそれなら、事務所ではなく病院に呼び出されるのではないでしょうか。
 そんな風に、ここへ向かう間ずっと答えの出ないことを考え続けてきたせいで、気を抜くとパニックに陥りそうでした。
「こっちだ」
 受付の所にいた神宮寺さんに案内され、わたしがやってきたのは奥まった所にある会議室でした。
 閉じられたドアの前で、ノブに手をかけた神宮寺さんが神妙な声で仰います。
「イッチーはこの中にいる。少なくとも、身体はね」
「え……?」
「さ、レディ。心の準備はいいかい。いいなら、ドアを開けるよ」
「は――はいっ!」
 反射的にそう返事をすると、神宮寺さんはゆっくりとドアノブを回します。
 ぎゅっと両手を胸の前で握りしめ、わたしは押し開かれたドアの先を見ました。そこには――
「あれっ、春歌ちゃんだにゃ!」
(……はい?)
 わたしを呼んだのは、底抜けに明るい、特徴的な声色。
 それは、引っ込み思案だった昔から、色々あったりした今もなお、わたしを魅了してやまない人の声で――
「は……HAYATO様!?」
 おはやっほーニュースを卒業し、もう二度と芸能界に姿を見せはしないはずのその人が、満面の笑みでわたしに手を振っていたのです。


***


「……催眠術、ですか?」
「らしいね。オレも現場にいたわけじゃなくて、偶々同じスタジオに来たら騒ぎになってた、ってだけなんだけど」
 神宮寺さんがスタッフの方から聞いた話によると、スタジオでは二時間もののバラエティー特番の収録が行われていたそうです。
 番組のテーマは「催眠術」。
 海外で活躍されている著名な催眠術師の方をお招きして、ゲストのアイドルさん達に実際に催眠術をかけ、昔の記憶を辿ってみたり過去のわだかまりを解消してみたり、といった内容だそうです。
 そして、ゲストとして呼ばれた一ノ瀬さんには、何と「HAYATO様になる」という催眠術がかけられたのだとか。
 「今後HAYATOとしての仕事は受けない」と公言していた一ノ瀬さんに、もう一度HAYATOとして活動する所を見てみたい、……という、視聴者からの希望を叶えるコーナーだったらしいのですが。
 一ノ瀬さん側の様々な事情を知りつつ、なおかつHAYATO様ファンとして年期の入ったわたしとしては、とてつもなく複雑なコーナーです。
 とにかく、一ノ瀬さんはそのコーナーで催眠術を受け、あっさりHAYATO様となり――番組終了までそのままだったといいます。
 ただ、スタッフや他の出演者の皆さんは、一ノ瀬さんが空気を読んで最後までHAYATOの演技をしてくれたものと思っていて、けれど。
「収録が終わってもずーっとあのノリで、さすがにおかしいってなったらしくてね」
「は、はあ……」
「で、オレも色々話を聞いてみたんだけどね。悪いが、アレは完全にHAYATOだ。しかも、イッチーが学園に居た頃に使ってた「双子の兄」って設定の」
「……ほ、本当に……?」
「話してみたらすぐわかると思うよ。実際に、話をしてきたらどうかな?」
 と、神宮寺さんが会議室の中を示します。
 今わたしと神宮寺さんは会議室を出てすぐの廊下にいて、中ではHAYATO様状態の一ノ瀬さんと、駆けつけてきてくれた月宮先生がお話をされているのです。
「いっ、いいいいえそんな、その、こ、心の準備がっ」
 わたしは今もなお落ち着きを取り戻さない心臓のあたりを両手でぎゅっと押さえました。
 HAYATO様。
 一ノ瀬さんが演じられていた、もう一人の一ノ瀬さん。
 わたしにとっては一ノ瀬さんもHAYATO様も変わりません。
 どちらも素敵で、尊敬できて、格好良くて――わたしの大好きな人で。
 ただそれでも、わたしの中でHAYATO様という存在は特別で。
 もちろんそれは、一ノ瀬さんよりもHAYATO様が大切とかそういった話ではなくて、ただ……ただ、長年のファン補正が働いてしまう、というか。
 大ファンのアイドルを前にして、緊張しないファンなんていないと思う、わけで……。
「お前達!」
 聞き慣れた声がして、わたしははっと顔を上げました。同じように反応した神宮寺さんが、廊下を走ってくるその人に声をかけます。
「リューヤさん。どうでした?」
「参った。一足違いで出ちまってた。今頃は空の上だな」
「え……あ、あの、それって」
 HAYATO様から戻らなくなってしまった一ノ瀬さんを、このままにしておくわけにもいきません。
 そもそも一ノ瀬さんはデビューから半年後には一年先のスケジュールまで埋まっていたという、そんな超多忙な方なのです。
 このままだと一ノ瀬さんとしてのお仕事が立ちゆかなくなってしまいます。
 それは、シャイニング事務所としては避けねばならない重大な損失です。
 というわけで、即座に日向先生へと連絡が飛び、一ノ瀬さんに催眠術をかけた術師の方を呼び戻して、催眠術を解いてもらおうということになったのですが……どうやら間に合わなかったようです。
「まあ、今日中ってのはさすがに無理だが、現地に居る人間には連絡済みだ。飛行機が向こうに着き次第、こっちに強制送還させてもらうことになった」
「じ、じゃあ……」
「ああ。まあ明日中には何とかなるだろ。ほら、んな心配そうな顔すんな」
 わたしはよほど不安そうな顔をしていたようで、日向先生が優しく頭を叩いてくださいました。 
「にしても強制送還って、リューヤさんもまた物騒な物言いをするね」
「いや、その通りだぞ? シャイニング早乙女専用ジェット機で超音速を超えてのご帰還だからな」
 超音速、というのは一般に旅客用ジェット機に使われる速度の単位ではないような気がしましたが、社長専用と聞くと納得するほかありません。
「……ボスも相変わらず無茶なことをするね」
「あの人が無茶でないことをしたことがあったか?」
 わたしと神宮寺さんは無言で、ありません、の意を伝えたのです。


***


 とにかく。
 今日一日は元に戻らないことが確定してしまった一ノ瀬さん――いえ、HAYATO様の処遇について、ですが。
 月宮先生が改めてお話を聞き出したところによると、神宮寺さんが仰るように「自分はトキヤの双子の兄」だと主張されたそうです。
 そして、肝心の一ノ瀬さんについて聞いてみると――
「トキヤ? 無事にデビューできて良かったよねっ。しかもぉ、随分忙しいみたいじゃない? 新人のくせに~羨ましいっ。でもさすがボクの弟だけはあるよねっ。……え?今日、何してるかって? んー……ボクもトキヤの予定を逐一把握してるわけじゃないしにゃあ」
 わりと都合良く記憶が改変されてんだな、とは、日向先生の言ですが。
 ともあれ、一ノ瀬さんについて深く知らないのなら丁度良いだろうと、今夜HAYATO様は事務所の寮の一ノ瀬さんのお部屋へ泊まっていただくこととなりました。
 また、お医者様の免許をお持ちの社長が夕方には戻るそうなので、念のため一度社長に看てもらった後で移動するように、とも指示がありました。
 HAYATO様に(それらしい理由を付けて)その旨をお伝えすると、二つ返事で了解をいただけました。
 その後、神宮寺さんと月宮先生、そして日向先生はそれぞれのお仕事に戻ることになり、一人残ったわたしが、HAYATO様と一緒に社長を待つ、というシチュエーションが出来上がったのです。
 事務所を出て行く皆様を見送って、わたしはドキドキしながら会議室へと戻りました。
 ドアをノックして、失礼しますと入室した途端。
「あ、や~っと来てくれたにゃ、春歌ちゃん!」
 わたしの鼓膜をびしびしと叩く、HAYATO様ボイス。
「は、はははいいいっ」
「んん~? どしたのかにゃ~? そんな緊張しなくてもいいのにっ。ほら、こっち来て座って座ってっ」
 ガタガタと手近なパイプイスを引き寄せながら、HAYATO様がわたしを手招きします。
(ひ、久しぶりの生HAYATO様……!!)
 もう二度とこの目には見られはしないのだろうと、あの日しっかりと目に焼き付けた麗しいお姿が、今再び目の前に!
(ど、どどどどうしたら)
 何より、今そこにいるHAYATO様は、確かに一ノ瀬さんではあるものの、一ノ瀬さんとしての意識や自我はないとのことでした。
 だからある意味、真の意味で「HAYATO様」とも言えるわけで。
「……はーるかちゃんっ。早くっ!」
「はっ、はいっっ!!」
 軽く口を尖らせたHAYATO様に急かされて、わたしはぎくしゃくと機械めいた動きで一歩、二歩と前へと進みました。
 右手と右足が一緒に出てることくらいわかっていますが、もう自分ではどうにもなりません。
 今はただ、とにかく前へ。
 せっかくHAYATO様が呼んで下さっているのに無視するわけにもいきませんし、わたしとしても、もっとHAYATO様の近くでお顔を拝見したりお話をしてみたいのは本当のところで。
(でも……こ、これって……素直に喜んでいいのでしょうか……っ)
 この状況が嬉しくないと言ったら嘘です。すごく嬉しいです。それはもう走り出してしまいたいくらいに。
 でも、HAYATO様は一ノ瀬さんで、でも今は一ノ瀬さんとしての意識も自我もなくて、ただ「HAYATO様」で。
 身体は一ノ瀬さんなのですし、そもそも催眠術なのだそうですし、明日には元の一ノ瀬さんに戻られるわけで。
(この状況を、素直に楽しむというのは、ちょっと……)
 どうしたって、後ろめたさにも似た何かがつきまといます。
 だって――だって。
 それではまるで、一ノ瀬さんがいないという今が、とても喜ばしいことみたいで。
「ちょっ、春歌ちゃん、そっちじゃ――」
 知らぬうちに、わたしは――現実から目を背けるように――両目をぎゅっと瞑ってしまっていました。
 そうやって視界がゼロになったまま、壊れたロボットみたいな動きで前へと進んでいて。
 なので、HAYATO様が引き寄せていたパイプイスの一つに足をぶつけてしまい、
「った……っ!?」
 たったそれだけで、わたしは身体のバランスを崩してしまったのです。
 ぐらりと身体が傾ぎます。一瞬の浮遊感の後、ひどく冷静にこのまま転ぶんだと理解して。
 わたしは、そのままぐっと身体を固くしました。
 そして、
「危ないっ!!」
 切羽詰まった声と、がらがらがしゃん、という騒音。
(……痛……く、ない?)
 不思議でした。
 身体は直立していません。横倒しになっています。
 だからきっと、倒れてどこかぶつけたはずなのに、まったく痛みを感じないのです。
 どうしてなのかと目を開けてみると、
「……っててぇ……ぁ、春歌ちゃん。だいじょぶかにゃ?」
 若干顔をしかめながら、それでも笑顔を作ろうとしているその人は、紛れもなくHAYATO様で――それも随分と間近にお顔があったりして、
「っは、HAYATO様!! ご、ごめんなさい……っ!?」
 わたしは慌てて起き上がろうとして、けれどできませんでした。
 いえ、途中までは起き上がったのです。こう、がばっと身体を起こそうとしました。けれど、その背中をぐっと押されて、起き上がりきれなかったのです。
 わたしの邪魔をしたのは、背中に当たっている何か――位置的に、どう考えてもHAYATO様の手と腕です。
 しかもわりと力が入っていて、わたしはもはや自力で起き上がることが叶わない状態に陥っていました。
「あっ、あの、HAYATO様……?」
「んー……もーちょっとだから、我慢してくれるかにゃ?」
「え? は、はい……」
 何がもうちょっとなのかわかりませんでしたが、我慢していて欲しいと言われれば断ることもできず。
 わたしは言われるがまま、床に仰向けに倒れ込んだHAYATO様に抱き着くような姿勢でじっとしていました。
(……と、いうか……こ、これって……)
 恥ずかしいので顔を伏せると、HAYATO様の胸に顔を埋めるような形にならざるを得ず。
 しかも、耳を澄ませるとドキドキと心臓の音のようなものが聞こえてくるのです。
 最初、それは自分の音かと思っていたら、そのうちに自分のそれとはズレていることに気が付きました。
(は、HAYATO様の、心臓の……音?)
 それはわたし程ではありませんが、それなりに早いテンポで、ドキドキととリズムを刻んでいます。
(HAYATO様も、緊張されるんですね……と、いうか……もしかして、これって)
 わたしとこうしているから、なんでしょうか。
「ねぇ、春歌ちゃん」
「へっ、あ、は、はいっ!」
「……さっきからそーやってずぅーっと緊張しっぱなしみたいだけどぉ、……そろそろ慣れない?」
「なっ、慣れませんっ!」
 そもそもこの体勢の時点で緊張するなという方が無理な話であってですね!
 などと長文セリフでの反論ができるほどわたしに余裕があるわけもなく、そのまま俯くことしかできませんでした。
「えー? ……ってまあ、ボクもちょおっとだけ緊張してるから、人のことはとやかく言えないんだけど」
「……え?」
 つい先程考えていたようなことをご本人の口から語られ、わたしは俯かせていた顔を反射的に上げてしまい。
 結果としてばっちり合ってしまった目を逸らすこともできず――
「トキヤがいないうちに、君のこと独り占めしておこうかにゃーって」
 わたしはただ、いたずらっ子のような笑みを浮かべてそんなことを宣われたHAYATO様を、ぽかんと見つめ返すことしかできなかったのです。



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……という感じに、逐一HAYATO様に翻弄されまくる春歌たんがメインですが
根底にあるのはトキ春だったりもするのでわりかしじめっとしたシリアス寄りの話。
きゃっきゃうふふをさせたかったけど気が付いたら全力で逆走していた感じの残念クオリティです。