MM4
A5/32P/300円
秋FDアナザールート郁月合同誌
秋FDの水嶋アナザールート本。
漫画(仲村)と小説(実月)で1本ずつ描(書)いてます。
※タイトルに「4」とありますが続き物ではありません。(単に合同誌の4冊目というだけです)
本文サンプルは続きから。
☆仲村(漫画)
☆実月(小説)
昨夜はあまり眠れなかった。
四年ぶりに掴まえることができたその人の声が、耳から離れなくて。
普段より少しだけ遅い時間に部屋へ戻って、明日の準備をして、布団に潜って。
そうして目を閉じただけで、ほんの数時間前のことがありありと脳内に再生されて――
心穏やかに眠れるわけがなかった。
***
「っ、は……」
肺の中の酸素を丸ごと持って行かれてしまうような、激しいキスだった。
苦しさのあまり涙目になってしまい、視界が軽くぼやける。そこへ彼の唇が降りてきて、滲んだ涙をそっと吸い取っていった。
「そんな目で見ないでよ。もっとしたくなる」
「ぇ……」
「そんな目」がどういうものかはわからなかったけれど、「もっとしたい」のが何であるかはわかる。
瞬間的に顔の温度が上がった。そんな私を見て、彼が小さく吹き出す。
そして、――お決まりのセリフを口にした。
「お子様」
「ぅ……し、仕方ないじゃないですか、こ……こんなこと、郁としかしたことないんだし……」
今更ごまかしてもしょうがないので、私は俯きながら本当のことを言った。
「……そうだね。うん。……僕、お子様は対象外のはずだったんだけどな」
からかうような言葉だったけれど、微妙にぐさっと来た。
どうせお子様です。思わずそう言い返そうとして、けれどそれは叶わなかった。
郁の腕が私を引き寄せて、強く抱き締めてしまったから。
「でも、今は……君がお子様のままでいてくれて良かったって、そう思うよ」
「……郁」
両腕を郁の背中に回して、力を込める。
密着したことで伝わってくる熱にどきどきと胸が高鳴っていくのを感じながら、私はぼんやりと思った。
(私……郁に、大人にしてもらえるって、ことかな……)
教育実習生として学園に来る前の私は、成人はしたものの、自分が大人だという自覚に乏しかった。
社会的には大人と呼ばれる年齢にはなったものの、精神的にはまだそこに辿り着けていない。
子どもと大人の境目。
どっちつかずで、中途半端な存在。
郁のことを忘れられず、秘めた想いをひきずったまま日々を過ごしていた、私そのもの。
でもようやく、私は郁への想いを告げることができて、郁のそれも受け取ることができた。
停滞していた私の心が、次のステップへと踏み出せるようになった。
(大人に……――って)
何気なく頭の中で繰り返していた「大人になる」という言葉。
その裏に、どういうものが含まれているかぐらいは、大学三年にもなればさすがにわかる。
「……っ」
何も今こんなときに、そんなことに思い当たらなくてもいいのに。
なんて、後悔したところでもう遅い。一気に緊張が走った私の全身が、がちがちに固くなったことを知覚した。
当然、私を抱き締めている郁にそれが気付かれないはずもなく。
「……どうしたの? なんか……緊張してる?」
「……」
はい、と言えばまたお子様って言われるに違いない。
でも、違う、と言ったとしても、そんな見え透いた嘘が郁に通じるとは思えなかった。
バレバレの嘘をつくなんてやっぱりお子様、となるのがオチだろうし。
どっちにしてもお子様再認定されてしまうことと、何よりも頭の中が混乱気味で、私は何も答えることができずにいた。
「ねえ、これぐらいで緊張されても困るんですけど?」
「ぅ……」
耳元で、からかうような声が囁く。
軽く吹きかかる吐息に、ますます私の心臓が跳ね上がった。
(お、落ち着かなきゃ……さっきまでは普通にぎゅってしてたんだし……!)
ようやく郁と本物の恋人同士になれたのに、変に思われたくない。
でも、そうやって焦れば焦るほど、私の心臓は落ち着きをなくしていった。
それはまるで、修学旅行前に眠れなかった時のような、下ってはいけない坂道を転がり落ちていくような悪循環。
「……まあ、この方が月子らしいけど」
苦笑めいた息づかいと共に、私を包んでいた腕がそっと解かれていく。
顔を上げてみると、大きな手が頬に触れてきた。
慣れた手つきで顎を固定され、私は何かを思う前に、ほぼ反射的に目を閉じた。
「っ、ん……」
触れてきた唇がゆっくりと、けれど強引に押し付けられる。堪えきれずに開けたそこへ、ぬるりとしたものが侵入してきた。
これで二回――ううん、三回目、だろうか。
咥内が侵食されていく感覚。すぐには慣れる気はしなかったけれど、でも。
(これ、が……大人の、キス……だよ、ね)
そう思えば、何としてでも耐えなければ、という気にもなる。私は息苦しさに目眩を覚えながら、無意識のうちに郁の上着を掴んでいた。
「……っえほ、ごほっ……!」
唇が解放された瞬間、慌てて息を吸い込んだ私は大きくむせてしまった。
「月子、大丈夫?」
郁がそっと背中をさすってくれた。まだうまく喋れなくて、私は何度も頷いて平気なことを伝える。
ようやくまともに呼吸ができるようになった私へ、郁は幾分真面目な顔で言ってきた。
「言っておくけど、キスの最中は息をしてもいいんだからね」
「ぅ……わ、わかってます」
「なら、どうして息を止めてたの」
……言えない。
口が塞がれてるんだから、鼻で息をすればいいことぐらい、もちろんわかってる。わかってるけれど。
(……な、なんかその、鼻息荒いみたいっていうか……)
それに何より、口の中がこう大変なことになっていて、どうやって鼻で息をすればいいのかがわからなくなっていたというか。
(とか言ったら、またお子様って言われる……)
郁はさっき、私がお子様のままで良かったと、そう言っていたけれど。
だからって、「お子様」と呼ばれるのはやっぱり良い気分はしない。
(昔から郁は、何かあればすぐ「お子様」って言ってきてたし……私もつい、ムキになって否定して)
そんなことを何度も繰り返していたから、「お子様」という響きにはどうにもいい印象が持てなかった。
(……だから、ってわけじゃ、ないけど……)
早く大人になりたい。
できることなら、郁の手で。
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仲村さん曰く、MM4は「メガネのメンタルマジめんどくさい」の略だそうです。