MM3
A5/28P/300円
郁月合同誌
「眼鏡」を絡めたシチュエーションで郁月がいちゃこらする感じの話、を漫画(仲村)と小説(実月)で1本ずつ描(書)いてます。
※2011年1月の大阪インテにて発行したコピー本「MM3」のオフ版です。
(ページの増減はありません)
コピー版をお持ちいただいた方には差額を引いて販売させていただきます。
大変お手数ですがコピー版の本をお持ち下さい。
本文サンプルは続きから。
☆仲村(漫画)
☆実月(小説)
「……これでよし、っと」
さんざん床を転がしたカーペットクリーナーから埃や猫の毛が付着した部分を剥がしてゴミ箱に捨てると、月子は一人満足げに頷いた。
棚の埃取りから始まって窓拭きに床掃除。これで室内は一通り掃除したことになる。
この部屋の主は散らかし癖がないようで、物は綺麗に整頓されていた。
ただこまめに掃除をしているわけではないようで、棚などを近くで見ると薄く埃が積もっていたし、屋内で猫を飼っていることもあってあちこちに猫の毛とお ぼしきものが落ちていた。これはハウスダストの温床になりかねない。
よって月子はこの部屋の掃除に腕まくりをして臨んだ。
掃除のセオリーに則り上から下へ、そう広くはない部屋の埃を几帳面に取り除いた。
あとは布団でも伏せば完璧だろうというレベルまで掃除を終え、時計を見ると小一時間ほど経過している。
「まだお仕事、終わってないかな……」
思わず呟いてから、月子は努力してため息を飲み込んだ。
ここは月子の彼氏である水嶋郁の自室だ。
但し二人は同棲しているわけではなく、「彼氏の家に彼女が遊びに来ている」というそれだけの話である。
遊びに来たはずの彼女が掃除に勤しむことになったのには、当然理由があった。
住んでいる場所が近くはない二人は、約束をしてから会うのが常だった。水嶋の方はたまに、連絡もなしに突発的に会いに来ることもあったものの、月子の方 は基本的にメールや電話で約束を取り付けるようにしていた。
だが今日の月子は、別な用事で偶々水嶋の家の近くまでやってきていた。そして、そのまま連絡もなく訪問したのだ。
急に訪ねていったら迷惑だろう、とは考えた。考えはしたのだが、突然やってきて驚かされるのが自分だけなのは悔しい、たまには驚かせてやりたいという対 抗心と、そして。
会えるのなら会いたい。そんな恋人としての純粋な欲求に逆らえずに、彼女はこの家のインターホンを鳴らした。
運良く彼は在宅していたが、運悪く持ち帰ってきた仕事の最中だった。即座に、邪魔してごめんなさいと謝罪して帰ろうとした月子を、水嶋は当然のように引 き留めた。
「遊びに来ておいてすぐ帰るってどういうこと? すぐ終わらせるから、待っててよ」
そうは言っても、僅かな間でも邪魔になることには違いない。なおも渋る月子に、彼は一つの提案を持ち掛けた。
「ねえ、月子は掃除は得意だよね。じゃあ待ってる間、部屋の掃除をしてくれないかな。お礼はするから」
「掃除は」という言い方が気になったものの、拒否する理由が見当たらない。何よりこれは、彼なりに気を遣ってくれた譲歩案なのだ――そう思うともう、月 子はわかったと頷くしかできなかった。
(そりゃあ確かに、掃除はどっちかというと得意だし……料理に比べたら、だけど)
ともあれ、頼まれたからにはしっかりやらなければ。
月子は他に掃除し忘れた箇所はないかと、注意深く室内を見渡してみる。
「……あれ?」
ゴミ箱の奥の床に、紙切れのようなものが落ちていた。
箱の影になっていて見落としたのかもしれない。拾おうと近づいてみると、それが裏返しになった写真だとわかる。
(写真……これ、最初からそこに落ちてたっけ?)
拾い上げたそれを何気なく裏返し、月子は息を呑んだ。
「これ、って……」
まじまじと見つめた写真には、制服姿の青年――いや、少年と言うべきか――が写っていた。
被写体の少年は目線をカメラに合わせることなく、ぼんやりとつまらなさそうな表情を浮かべている。
その面差しには見覚えがあった。というか見間違えるはずもない。写っているのはこの部屋の主だ。それも学生の頃の。
ただ、写真には見慣れたものが一つだけ欠けている。
(……眼鏡、かけてない)
あれは本人曰く「伊達眼鏡」なのだという。
(何で伊達なんだろう。うーん……お洒落、とか?)
水嶋のセンスの良さを羨ましく思いながら、月子はさらに首を捻った。
(そういえば眼鏡って、いつからかけ始めたのかな。伊達なんだから、目が悪くなったわけじゃないんだよね)
写真の中の彼が身に付けているのは星月学園の制服だった。
高校の時点でまだかけてなかったとすると、大学生になってから使い始めたということだろうか。大学デビューと共にお洒落にキメてみた、というのはありそ うな話だ。
それによくよく考えれば、高校生の頃の彼は――
「……っ!」
何気なく考えて、ようやく月子は重要なことに思い至った。
思わず部屋のドアを振り返る。薄く開いている――ということはもちろんなく、ここが自分一人しかいない密室であることを再認し、ほっと胸を撫で下ろす。
そうして改めて、月子は写真を凝視した。もう見納めかもしれない、そう思って。気が済んだところで顔を上げる。
(……とにかく、元の場所に返さないと)
掃除を始めた時には、まだこの写真は落ちていなかった気がする。ということは、掃除をしている間にどこかから出てきたということだ。
(片付けた中にアルバムみたいなのってなかったよね……何かに挟んであったのが落ちたのかな)
「写真を挟んでおきそうなもの」から連想し、月子は本棚の前に立った。ここを掃除した時のことを思い返してみる。
元々本棚は整頓されていた。なのでやったことと言えば、棚から本を取り出して埃を払い元に戻す程度。
挟んであった写真が落ちるとすればその時だろう。
ただ、取り出した本は一冊も開くことはなかったし、本を戻した後も床に何か落ちていたりはしなかった。大体、こんな写真サイズの用紙が落ちていれば嫌で も目に付くはずだ。
(うーん。ここじゃないとすると……)
ぐるりと室内を見渡すが、該当するようなものは見当たらない。月子は途方に暮れ始めていた。
(どうしよう。このまま置いておくわけにもいかないし……)
彼が高校生の時の写真。それが、アルバムなどに貼られることなく保管されていた。
それはつまり、「思い出として残しておきたくない」ことを意味するのではないだろうか。
もちろん、何かに挟んでおいたのがそのままになっていただけ、という話かもしれない。
可能性という名の邪推を言い出せばキリがなかった。
(適当な所に挟んでおくのも違う気がするし……。というかこれって、もしかしなくても、勝手に部屋を漁ったみたい、だよね?)
だからといって、勝手に持ち出して証拠隠滅などは論外だ。
となれば、残された選択肢はもう一つしかない。
「……素直に言って、謝るしかない……よね」
何も悪いことはしていないはずだが、それでも、掃除をすることになった経緯を考えると、謝らずにはいられなかった。
(調子に乗って遊びに来たりするんじゃなかったな)
ふと、彼のからかうような「お子様」という台詞が月子の脳裏で再生される。
今の自分がやっていることは、完全に子供のすることだった。自分のことばかり考えて、それで周りに迷惑をかけて。
自身の不甲斐なさにもう一度ため息をついてから、月子は写真を手に、意を決して部屋を出た。
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まあなんていうか「MM(水嶋メガネ)」みたいな本です。