meaningful choice
A5/68P/600円
ロン七小説本
実月個人誌。(表紙:仲村)
ロンハッピーエンドの前後で、ロン七以外の面々がギスギスしてる話が半分、ロン七がなんやかやする話が半分です。
本文サンプルは続きから。
◆「meaningful choice」本文サンプル
能力の行使を終えた七海が、ぴくりとも動かなくなった相手を見下ろしながら最初に思ったことは、「これからどうしよう」という己の非力さを嘆くものだった。
逃げなければならない。
自然と浮かんだ答えに自問する。一体誰からか、と。
(彼の友達だった人たちから。そして……私の仲間だった人たちから)
一刻ほど前、ここへ来ようとした七海を止めた者がいた。
それは七海の仲間であるこはるという心優しい少女で、同じ場には彼女のパートナーである結賀駆も一緒だった。
(もし、こはるさんが追いかけようとしたら、結賀さんが止めてくれるはず)
だが彼はこはるには滅法弱かった。
こはるがどうしてもと懇願したならば、代わりに自分が行くと言い聞かせ、追って来る可能性は十分にある。
駆は緑の能力者だ。
植物を自由に操ることが出来るため、蔓植物を絡ませて相手を捕縛する等の捕捉行為は彼の得意とするところだ。
そんな駆の能力に対し、「相手の記憶を消す」という七海の能力ははっきりと無力だった。
能力の発動には対象に触れる必要があるし、そもそも七海は駆の記憶を消したくはなかった。そんなことをすればこはるが悲しむからだ。
そこまで考えて、七海は小さく首を振った。
(……もう悲しませてた)
こはるは七海に「行ってはダメです」と必死に繰り返した。それを拒否した結果、七海はここにいるのだから。
「……」
七海は地面に倒れたままの相手を見下ろした。彼女と頭三つ分くらいの差がある、長身の男。名前は室星ロン。
彼の記憶は、七海の能力によって全て消し去られた。
それは彼の望みであり、七海の選択だった。
ロンと二人で生きるため。
自分の名前も、関わってきた人たちのことも、己が何をしてきたのかも、何一つ覚えていない彼と、二人で。
(……逃げないと)
ロンとは船で知り合った。七海はそこからのロンしか知らない。
船は航行中に何度か攻撃を受けており、その不自然な破損状況から「内部犯」の可能性が疑われた。
それこそが彼、室星ロンだ。
乗船後のロンがしてきたことを列挙すると、船への破壊工作、仲間の拉致および殺人未遂、こはるの持つ能力を強奪しての『世界』の破壊、と悪行三昧だ。
七海の仲間であった乗員たちからすれば、彼は敵以外の何者でもなかった。
『世界』をメンテナンスしていたという島の人間にしてみれば、仇敵と呼ぶほかないだろう。
――二人で最初からやり直そう。
そんな風に再出発を決めた七海とロンの二名は、結果として世界中から孤立したも同然だった。
今更にそのことに思い至り、七海は強く拳を握り締めた。手のひらが情けなく震えてしまわないように。
(……大丈夫。怖くない)
何故なら、一人ではないから。
(それに……私は、この人を誰でもなくしてしまったことの、責任を取る必要がある)
だから、彼女はロンを守らなければならない。
彼のために。自分のために。ひいては、二人のために。
(でも、どうやって?)
記憶を消された相手はしばらく目覚めることはない。経験則でそれを知る七海は、僅かな焦りを覚えた。
長身のロンを抱えて移動するには、いくら忍びとして鍛えてきたとはいえ、小柄な七海には荷が重い。
(何か……運べるようなものを)
途方に暮れそうになった心地を振り払うべく、七海は周囲に目を走らせる。だが、見えるのは何もない荒野だけだ。
「……っ」
思わず七海が唇を噛んだ、そのときだった。
『――七海ー!』
切羽詰まった叫び声が、彼女の頭の中に直接響き渡った。
精神感能力を能力に持つ仲間、乙丸平士の声だ。
彼の声は基本的に一方通行であり、七海の場所を的確に探知しているというわけではない。
だが、平士がこうして声を張り上げているということは、七海は今、仲間たちから探されているということだ。
見つかればどうなるか――七海はぴくりとも動かないロンを見下ろし、改めて決意する。
(今すぐ、逃げないと)
七海は跨がっていたロンの上から立ち上がり、彼の身体を持ち上げようと、だらりとした腕を肩に担いだ。
その時既に、七海の耳は誰かの足音を捉えていた。けれど構っている暇はない。
振り向く間も惜しいとばかりに、七海は力一杯ロンの身体を引き上げようとして、
「七海ちゃん!」
その呼びかけは、今度は七海の鼓膜を直接に震わせた。
声の主を察し、七海は不格好にロンを抱えようとした姿勢のまま、ふらつきながら後ろを振り返る。
一人の男が駆け寄ってくる姿を認め、七海は震える声で呟いた。
「……加賀見さん」
加賀見一月は、平士と共に、船内で七海と特に親しくしてくれていた男だった。
平士が一緒でないのは、効率を考え別々に探しているということだろうか。
彼はぜえはあと肩で息をしながら、七海たちから二メートルほど距離を空け、足を止める。
「七海ちゃん」
一月はいつになく険しい表情を浮かべ、七海とロンを交互に見やった後、躊躇いがちに続けた。
「……ロンさん、生きて……るんだよ、ね」
「うん」
頷いてから、七海は腰に力を入れ担いだ腕を持ち上げにかかった。結果としてロンの身体が数センチ程浮いたが、それだけだった。
そのまま前へ踏み出し進むためには、圧倒的に力が足りていない。
「七海ちゃん。何してるの」
子供を宥めるような声だと、七海には感じられた。
実際、一月から見れば七海は子供の範疇であるし、一目見て無謀だとわかる行為を続ける様は、一月の目には痛々しいものとしか映っていなかった。
「……この人と一緒に生きる」
「一緒にって……」
「そう決めた」
「決めたって、七海ちゃん」
諦めずに前へ進もうと努力を続ける七海の肩を、歩み寄った一月の手が掴んだ。ただそれだけで、もう七海の身体は前にも後ろにも動かなくなる。
「加賀見さん。離して」
「……ダメだよ、七海ちゃん」
「離して」
「帰ろう。みんなのところへ」
一月の提案に、七海は口を閉ざし、強く首を振った。
「七海ちゃん!」
「この人を置いてはいけない」
七海はただその一言だけを告げ、一月を睨むように見上げた。
「……私には責任がある。この人から離れるつもりはない」
決然と言い放つ七海に、それでも一月の手は緩むことがない。
「……七海ちゃん。冷静になろう」
「私はいつも冷静」
「今は、冷静じゃないよね。大体、七海ちゃん一人じゃロンさんは運べない。それでどうしようっていうの」
一月の指摘は的確で、七海は言葉に詰まってしまう。
それでも、七海は首を縦に振るわけにはいかなかった。
「……何とかする」
「七海ちゃん」
七海の肩を掴んでいた一月の手が、ロンの腕を抱える七海の手に被さった。
一月の手には力が入っておらず、ただ重ねられただけにすぎない。
だがその気になれば、容易に七海の手を引き剥がすことが出来るだろう。
それを防ぐ手立ては、今の七海にはない。
「……」
「戻ろう。悪いようにはしないから。……俺は、七海ちゃんの味方だよ」
「……」
やがて、七海は小さく頷いた。
一月は女性に対してはとことんまでに優しい。一月の言葉に嘘はないのだろうと、七海は判断した。
少なくとも、「自分の味方」という言葉は信じていいはずだ。
だが一月は「七海ちゃんの」としか言わなかった。そこにロンは含まれていない。
要するに、船に戻っても最低限の味方はいるが、ロンにはいないということだ――七海を除いて。
(……私が、ロンを守る)
世界に誰も味方がいないのだとしても、ロンと二人で生きると決めたのだから。
だから、後悔はしない。
覚悟も新たに、七海はロンと共に船へ戻ることになった。
(中略)
「最初に確認しておくけど、ロンは今どういう状態なの?」
会議の口火を切ったのは、今まで常にリーダーシップを発揮してきた駆だ。
「ヒヨコさんは眠っているだけだと言っている。大きな外傷は右目くらいで、命に関わる傷ではないと」
答えたのは、旅の間『世界』との連絡役を担っていた遠矢正宗。
能力者を乗せて旅をする船、その目的やカラクリの全てを知り、監視役として乗り込んでいた彼は、医者ヒヨコからの報告を正しく伝えた。
それを受けて、七海とロンを船に連れ戻してきた一月が後を続ける。
「……七海ちゃんが言うには、能力でロンさんの記憶を全て消したらしい。それと、……人は全ての記憶を失えば廃人になる、とも」
重々しく告げられた内容に、室内の大半が息を呑んだ。
七海の持つ能力と、付け加えられた補足。それが意味するところは――つまり。
隠しきれない動揺が室内に広がっていく。
「廃人、か。確かにそうかもね。記憶は経験に等しいわけだし、それがなくなってしまったとしたら、赤子も同然だよね」
だが駆は一人、何も動ずることはなく、淡々と意見を述べて話を進めた。
「ただ、記憶は消せても身体に染み付いたものは消えないんじゃないかな。筋肉とか、身体能力とかはそのままだよね。ということは、身体が覚えていること、っていうのはありそうな話だ。そう、例えば……」
駆は思わせぶりな間を空け、聴衆の注目を集めにかかる。
数名は「いつもの手口だ」と思ったものの、それに乗らないわけにはいかなかった。
全員の視線を確認し、駆は後を続ける。
「得物の使い方、とかね」
場の空気が瞬時に凍り付いた。畳みかけるように、駆は結論を述べる。
「つまり、全ての記憶を消されていたとしても、ロンが危険であることに変わりは無い。俺はそう思うよ」
しん、と室内が静まり返った。
誰も何も言えずにいたが、やがて口を開いたのは正宗だった。
「……そうだな」
それを皮切りに、短く、重苦しい肯定がぽつぽつと続く。
しばらく待っても否定意見が出ないことを受けて、正宗がまとめに入った。
「ではやはり、ロンは捕らえて……」
「何言ってるのさ正宗」
遮るように――嘲るように、駆が口を挟んだ。
「駆?」
「捕らえるなんて、そんな生ぬるい。だいたい、奴はアイオンを殺したんだよ?」
アイオンとは彼らが『世界』と信じさせられてきたものの本来の名前であり、その正体は人型を模した古代兵器だ。
古代、と言っても現在よりも文明が発達していた時代に作られているため、スペック的には「ハイテク兵器」とすべき代物である。
炎の能力を簒奪したロンにより、アイオンは破壊され、この世界から失われてしまった。
駆が「殺した」と表現したのは、この中で誰よりもアイオンと親しかった正宗の情に訴えるためだ。
「……っ」
その手法は実に的確だったようで、正宗は悔しそうに顔を歪めている。
だが同時に、その効果は正宗以外にも飛び火した。
明らかに顔を青ざめさせているのは、本来の炎の能力の持ち主であるこはるだ。
駆がそのことに気づかないはずはなかった。
しかし駆はこはるには見向きもせず、吐き捨てるようにこう言った。
「あいつを生かしておく理由なんてないと思うけど」
「待ってくれ!」
声を荒げたのは一月だった。正宗ほどではないが、こちらも苦悩めいた表情を浮かべている。
「何? 一月だって、その方が安心するんじゃない?」
的確に弱みを突いてくる駆に、一月は一瞬言葉を飲み込みかけて――それでも、絞り出すように告げる。
「……そんなことをしたら、七海ちゃんはどうなる」
一月はこの会議が始まるまでに、普段から口数の少なかった少女から最低限の事情を聞き出していた。
本来、この場には七海も召集されるはずだった。
だがそんなことをすれば、ここは七海を断罪するための場にしかならない。
一月は駆と正宗に掛け合い、七海を心配するこはるの後押しもあったおかげで、「七海は別室待機」とする妥協案を通すことが出来たのだ。
「あの子がそうしたんだ、自分の意志で! それに、ロンさんを殺すためにじゃない。生かすためにやったことなんだ」
七海からぽつりぽつりと語られた、揺るぎない想い。それを無駄にはすまいと、一月は声を張り上げる。
けれど、そんなもので駆の心が動かされることはない。
「それで? 七海一人の願望のために、周囲の人間を危険に晒せってこと?」
「そうは言ってない!」
「同じことだよ、一月。お前だってわかってるんだろう?何が最良の選択か」
一月に語りかけられたその言葉は、場にいた全員に告げられたようなものだ。
誰もが押し黙り、思考する――わかりきった正答を。
「それでも……それでも俺は、……あの子の意志を尊重したい。駆……お前はロンさんだけでなく、七海ちゃんにも犠牲になれって言うのか」
きつく握った拳を震わせる一月の視線を、駆はさらりと受け流した。
「大事の前の些事だ、と言ったら?」
「駆!」
反射的に飛び掛かろうとした一月を、慌てて正宗が抑えにかかる。
「落ち着け一月! 駆も、一月を煽るんじゃない!」
「煽ってるつもりはないけどね。ただの正論だよ」
「っ……!」
歯噛みする一月から抵抗が薄れたのを確認して、正宗が拘束を解いた。念のために一月の肩に片手を置いてから、溜め息混じりに口を開く。
「皆、落ち着いて聞いてくれ。……島の意向は、どちらかといえば駆寄りだ。アイオンの仇だ、とな」
「ならそれでいいよね」
明るく言う駆を無視する形で、正宗は続ける。
「だが、アイオンがもう限界だったのも事実だ。今回のリセットが最後になるということは、島の誰もがわかっていた。……ロンにやられなくても、近いうちにアイオンは活動を停止していただろうし……仮に、ロンや夏彦の邪魔が入らなかったとして、お前たちはリセットを望んだか?」
「それは……」
誰もが視線をさ迷わせ、口を噤んだ。
その総意は「わからない」の一言に尽きるだろう。
「……駆「寄り」ってことは、「室星を殺すまでもない」って意見もある、ってことか」
それまで一言も喋らなかった者は数名いたが、その中の一人、宿吏暁人が静かに言った。正宗が頷く。
「そうだ。ただ、最終的な判断は俺たちに任せられている。というか、そうさせてもらった。ロンのことを一番知っているのは俺たちになるからな」
そして――正宗はもう一度溜め息をついた。
「……俺としては、ロンが危険だということには同意する。だが、危険だと考える理由は、駆とは別のものだ」
「へえ、他にもまだ危険な理由があるんだ。なら、答えは決まったようなものじゃない?」
「駆、悪いが最後まで聞いてくれ」
混ぜっ返す駆を窘め、正宗は核心を口にすることにした。これは駆に言わされたのだ、ということを自覚しながら。
「俺がロンを危険だと考える理由は、……今のロンの身体には、炎の能力が備わったまま、ということだ」
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そんな感じで前半はずっとロン七以外がギスギスしてるだけです。こはる、千里、一月あたりが出張ってる感じです。
後半はロン七ですがさしてキャッキャウフフしているわけでもなく、全体的にしょっぱい流れの捏造妄想本です。