いくつかの賢しいやりかた
A5/40P/300円
ED後郁月小説本
実月個人誌。(表紙:仲村)
ED後でいちゃこらしとるだけの郁月小話を4本詰めた小説本です。
表紙の通りはだワイもあるよ。
本文サンプルは続きから。
◆「いくつかの賢しいやりかた」本文サンプル
#「grown-up stairstep」
キィ、と聞き慣れた音を耳にしながら、屋上庭園へ続く扉を開ける。
まだ日の沈んでいないこの時間帯にここへ来る人はそうそういない。実際、辺りを見渡しても、人影どころか人の気配すらなかった。
耳を澄ますと、グラウンドから運動部のかけ声が聞こえてくる。もう少ししたらそれも聞こえなくなって、日が落ちて暗くなった空に星々が輝き出すはずだ。
といっても、夕食を食べ損ねたくはないから、その頃には自分もここを後にしているだろうけれど。
強くはない風に吹かれながら手摺りまで歩き、大分沈んできた夕陽を眺めた。
「……」
綺麗だなあ、と思う。一人で見ているのが勿体ないくらいに。
私はポケットから携帯を取り出すと、ボタンを操作して通話履歴を呼び出した。
液晶に表示された、最新から三つほど後ろにある番号をじっと見つめて、通話ボタンに指をかける。
でも、それだけだ。それ以上は、何もしない。
番号の主は、数ヶ月前から付き合う事になった私の彼氏だ。
名前は水嶋郁。年は私の三つ上の、大学四年生。
先頃、本格的に教師を目指し始めた彼は、目下のところ卒論や試験の準備に追われているという。
その証拠に、今までと比べ電話やメールの数も減った。
正直に言えば寂しいけれど、でもこれは彼の夢に関わる事だ。
自分のワガママで邪魔をしていい事ではないはずだし、何より彼の夢は――おそらくはきっと、彼だけの夢ではないのだと思うから。
「……うん。平気」
これまでに受信した彼からのメールをいくつか読んで、ささやかな満足感を得る。
大丈夫、まだ自分を騙す事はできる。
私は携帯をポケットに戻してから、手摺りから離れた。そして、彼と二人でよく座っていたベンチに腰を下ろす。
思い返せば、手を握って何の会話もないまま、ただ空を見上げていた事が多かった気がする。
あの頃は、こういうのが恋人のする事なのかと疑問だったけれど――今はそんな時間こそが、何よりも大切な時間のように思えてくる。
(郁、今頃何してるのかな。授業……じゃなくて、講義の最中かな)
進学を希望しているけれど、まだ学校見学どころか資料の取り寄せすらしていない私には、大学での生活がどんなものかがよくわからない。
なので、郁から聞いた断片的な情報を頼りに想像するしかない。
そう、確か――内容が少し専門的になるだけで、やっている事は高校とそれほど変わらない、とか。
自分で受ける講義を選べるから、自由度は高い、とか。
大体どこの大学も三年あたりでゼミに入って、さらに専門的な事を勉強する、とか。
(えっと……ゼミになると、普通の講義よりも少人数になるって言ってたよね。教授の研究室とかに集まったりする、って)
研究室、という単語から化学実験室みたいな小部屋を思い浮かべてみる。たぶん違うのだろうけれど、これ以外に具体的なイメージが湧かない。
ともあれ、そこで真面目に勉強する郁を想像してみた。
(レポートが多いって言ってたっけ。グループになって発表とかもあるって)
郁は女の人にモテるから、グループを作ると女の人ばっかりになるんだろうか。
もちろん私は郁を信じているから、郁の方から女の人ばっかり誘ってる――なんて、思ったりはしていない。
……まあ、ちょっとだけ想像したけど、すぐに止めた。
何故なら、想像しても面白くないから。
そして、仮にその通りだったとしても、遠く離れた場所にいる私にはどうにもできない事だから。
女子大生。
それは、高校生の私からしたら、それなりに大人っぽい響きを持つ単語だった。お化粧とかもちゃんとしていて、実際に大人っぽい人が多いはず。
(郁は……同級生の女の人を見て、私の事、やっぱり子どもっぽいって思うのかな)
私は一度仕舞った携帯を再び取り出し、自分が送ったメールの内容を見直してみた。
子供っぽい印象を与えないように、一生懸命考えて送った文面の数々。でも改めて見てみると、どれも子どもっぽさが滲んでいるような気がした。
(そうだよね……)
妙な納得感に、私はがっくりと頭を垂れる。
郁と付き合い始めてから、大人っぽくなるにはどうしたらいいか、私なりに努力はしていた。
中でもファッション誌を色々と読んだ。
それも、高校生向けのものより、対象年齢が少し高めのものを選ぶようにして。
そうする事にした理由は二つ。
「服装」という比較的手をつけやすい所から、大人っぽさを追求してみよう、というのが一つ。
そしてもう一つは――そういった大人向けの雑誌には、「恋人」に関する特集が組まれている事が多いから。
郁を好きになるまで恋愛らしい恋愛を一切してこなかった私には、そういった知識がほとんどない。郁との恋愛ゲームの中で経験した事が全てだった。
郁と一緒に居るとき、私は何かと狼狽えてしまいがちだ。
それは、郁が「恋人として」何を考えているのか、何をしようとしているのかがわからないからじゃないだろうか、と私は考えたのだ。
そこで、一般的な「恋人」についての知識を増やす事で、郁の予測不能な思考や言動をある程度把握できるようになるかもしれない。
そうしたら、私が子どもっぽく慌てたり真っ赤になったりする回数が減るかもしれない。
そう、何も知らない私を評して、郁は幾度となく言っていたのだ――「お子様」と。
いつか郁を見返してやる。
そう意気込んだ私は、一時期女性向けのファッション誌を立ち読みしたり買い込んだりしまくっていた……のだ、けれど。
(……でも結局、あんまり役に立たなかったんだよね)
大人っぽくなるなんて、一朝一夕でどうにかなるものじゃない。
大量の雑誌を読んで、導き出された結論はそれだった。
服装のセンスだろうと、立ち居振る舞いだろうと、結局はその人の心の持ち方や、考え方に繋がっていく。
そしてそれは、思い立ったらすぐ変えられる類のものではない。
(まあ……読まないよりは読んでおいた方が良かった、とは思うけど……)
読んできた内容をつらつらと思い出すうちに、私の顔が熱を持ち始めた。今、自分の顔が真っ赤であろうことは、鏡を見なくてもわかる。
何というか、その……私が読んだ「恋人」特集の中には、本当に大人向けの、過激な――私が知りたい情報の一段か二段くらい上の――内容もあったりしたわけで。
(……い、いつかはそういう事も知っておかないと、かもしれないけど……今はまだ、ちょっと早すぎる、よね)
#「rainy flag」
「……えっと」
私は目の前にある洗濯機――の上に置かれた、きっちり畳まれた衣服を凝視した。
白地に薄い青のストライプ柄が入った、男物のYシャツ。
それが私の身体に合うサイズでない事は、広げて合わせてみなくたってわかる。
「……っ」
恐る恐るそれを取り上げてみた。
置かれていたのはそのシャツ一枚だけで、他には何もない。
だから、彼がここに置いていったものは、今手にしているシャツと、身体に巻き付けているバスタオルだけ、という事になる。
「……し、仕方ない、よね」
他に着るものなんてないのだし、シャツの柄が無地でない事が唯一の救い……かもしれない。
私は改めて、籠の中に入れさせてもらった自分の衣服を確かめてみた。
薄手のカーディガンとワンピースは、固く絞れば水が滴りそうな程に濡れている。その下に付けていた下着も同様。
まあ下着だけなら、湿った感触を我慢すれば着けられない事はない。
でもその上に服を着れば当然、その服は濡れてしまうだろう。それも、下着の周りだけ。
もっと言うと、着れそうな服はこのシャツしかなく、生地からして夏物のこのシャツが濡れたらどうなるかくらい、周囲から「もっと気をつけろ」と事あるごとに注意されてきた私にだって理解できる。
(だから、これは仕方がない事で……それに、こっちは無事、なんだし)
そう、本当の救いは――唐突に降られた夕立でずぶ濡れになったものの、被害範囲が上半身だけで済んだ事かもしれなかった。
私はさして濡れなかった方の下着を素早く身に着け、それからバスタオルを外し、彼のシャツに袖を通した。
袖口を何回か折り、ボタンを全て留めてはみたものの、それは予想通りにぶかぶかだった。
おまけにその丈は、かろうじて下半身を覆い隠してくれているような、そうでないような、何とも心許ない状態で。
脱衣所の鏡で念入りにチェックして、静かに動けば一応見えたりはしない事がわかった。
とりあえず終始小股を心がけようと心に誓う。
それから――確認すべき所が、もう一つ。
「……うーん」
鏡の前で、様々な角度から、自分の胸元を覗き込んでみる。
(大丈夫……な感じ、もするけど)
普段と違い、素肌に直接触れてくる布地の感覚がどうにも落ち着かない。
しかもその事で、着けていない事を否応なく意識させられてしまう。
かといって隠すような真似をすれば、逆にその事を主張しているようでもあるわけで。
自然でさり気なく、かつ隠している風ではないポーズはないだろうかと模索した結果、最終的に軽く腕を組む形に落ち着いた。
(……これなら、透けちゃってても、見えない……よね?)
私は覚悟を決めると、言われていた通り濡れた服を乾燥機に入れて、スイッチを押した。
ゴウン、と乾燥が始まったのを確認してから、深呼吸を一つ。
そうしてようやく、私は郁の家のバスルームを出た。
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はだワイつっこがやりたかっただけとかそんなそんな。
残り2本は例によってメガネが好き勝手やってる話です。