meganebu

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下手の考え休むに似たり

 薄桜鬼の平助ルート、ED後話。何やらへーちゃんが全力で壊れてるのは仕様です(最低だ)

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 頬を撫でる風が心地よい。
 軽く伸びをするついでに首を上向かせれば、この間までは照らされることが何よりの苦痛だったお天道様、その光が飛び込んでくる。
 眩しさに目を眇めつつ、意識して全身の感覚を探ってみた。苦痛と呼ぶべきものはほとんど感じられない。ただ何となく、心がちりちりするような気がするくらいで。
 安堵と共にこみ上げる空虚な何かを無視して、傍らを見下ろした。
 草の上に寝転がり規則正しい寝息を立てているのは、この辺境の地で自分と暮らすただ一人の少女だ。
 否、「少女」と言うのは語弊があるかもしれない。
 年の頃と見た目はともかく、彼女と自分は見よう見まねの形ばかりの祝言を済ませていて――本当はやらないつもりでいたのだが結局彼女の真っ直ぐな瞳には勝てるわけもなく――というかそもそもそんな形式以前の問題として健全な男子としての欲求とか何とかがあったりなかったりするわけで――つまりその、そういうことなのだ。
 まあとにかく、回りくどくない言い方をするなら自分は彼女が好きで、彼女も自分を好いてくれた結果が今の状況なのである。
「……」
 何気なく、眠り続ける彼女へ手を伸ばす。指先で前髪に触れ、軽く持ち上げて目元を顕にする。
 閉じられた瞼はぴくりとも動かず、本当によく眠っているようだ。
 それを確認してから指を離した。
 自分ももう一度横になるかと軽く体を倒しかけ――結局途中で止めた。
(……)
 またぼんやりと空を見上げていると、やがて微かな衣擦れの音が耳に届く。見れば、彼女が目をこすりながら体を起こそうとしているところだった。
 支える必要はなさそうだったので、とりあえず背についた草葉を軽く払ってやる。
 すると、ありがとう、と寝起きのせいか無駄にほにゃっとした笑みを向けられた。
 きちんと座りなおした彼女が聞いてくる。
「いつから起きてたの?」
「んー……結構ぼーっとしてたからなあ。よくわかんね」
 苦笑気味に答えると、そうなんだ、と彼女も微笑む。
 本当を言うと、日の傾き方からして最低でも半刻ぐらいは経過している気はする。でも言わずにおいた。
「ここのところいつも、平助君の方が先に起きてるよね」
「そうだっけ」
 今度は惚けてみた。
 が、こうも回数が重なるとさすがに誤魔化されてはくれないらしい。
「……あまり、眠くないの?」
 尋ねる声色には心配の二文字が滲んでいた。
 正直なところ、自分は人を騙すとかいった術には長けてない。
 だから素直に、
「んー、眠くないわけじゃないんだけど」
 率直に、
「なんか眠ってんのが勿体ない気がしてさ」
 答えられるところだけを――答えたくないところには一切触れずに――答えることにする。
 結果、無理のない表情を浮かべることにも成功したようで、彼女のそれも幾分和らいだものになった。
「でも、一人で起きてて……私の側にいるだけじゃ退屈じゃない?」
 それは暗に、他にやることがあるなら自分は放っておいてくれていいよ、という彼女なりの気遣いなんだろう。
 だがそれはそれで無理に起きている意味がないに等しい。
「そーでもないぜ?」
 ちょっと考えてから、もったいつけるようにして言ってやる。
「そうなの?」
「おまえの寝顔とか見てんのすっげー楽しいし?」
 食いついてきたところに努めてにやにやとした表情を浮かべてやる。
 彼女は一瞬だけぽかんとした後、ばちん、と勢いよく両手を顔にあててうろたえだした。
「み、見てたの!?」
「見てた」
 何も終始凝視してたわけではないのだが、でもまあ、空と顔とを交互に見る勢いではあった気がする。
 しかしこの予想以上のいい反応、うっかり悪戯心が刺激されても仕方が無いと思う。
「たださあ」
 こればかりは残念だ――とばかりに声のトーンを落として、呟く。
「涎はちょっとなー」
「!!」
 声にならない悲鳴をあげて、彼女は顔を手で覆ったまま草の中に突っ伏してしまった。
(……つーか、突っ伏すとき一瞬見えた表情がマジに涙目だったんですけど)
 これはさすがに罪悪感が沸く。
「いや……その、嘘なんだけどさ」
「――平助君!!」
 がば、と起き上がるなり、顔を真っ赤にして涙目のまま怒られた。
「ご、ごめんって、悪かった! このとーり!」
 振り上げた拳が全力でないことはわかっていたので、避けることなく頭で受ける。
 ぽかり、と一発入れて気が済んだのか、彼女は改めて隣に腰を下ろした。
「平助君。今度から、起きたときは私も起こして」
 ……訂正。まだ微妙に怒っているみたいだ。
「そんな気にすんなって、さっきのは冗談で、本当気持ちよさそうに寝てただけだし」
 慌てて取り繕うと、違うの、と穏やかに首を振られる。
「平助君が起きてるときは、私も起きて一緒にいたいなって思って」

 ――ずきり、と来た。

 胸に。そして、心に。
 ものすごく嬉しいはずなのに、心のどこかが痛みを感じて――でもそれは気にしないことにするって、ここへ来た時に決めた。
 ただ自分の性格上全く気にしないのは無理な気がしないでもないから、ならせめて彼女の前ではそうしようって――だって、好きな女の前でくらい格好つけないでどうするんだって、そんなことじゃ絶対左之さんあたりに馬鹿にされるだろうし――ってうわ駄目かな、なんて小首傾げられてっし当然だけど可愛いし!
「――」
 混沌に陥った思考はいつしか、目の前の生き物がほんと可愛いとか愛しいとかそういった心地へと主導権を渡した。ふらりと手が動く。
 そうっと頬に触れて顎を掴んで――と、そこまで脳内映像が先走ったところで、
「平助君?」
 やたら近いところから聞こえた声に我に返ってみれば、無反応のこちらを不審がったのか覗き込んでいる彼女。
 その大きな瞳と、ものすごい近距離で視線がかち合う。
「ってうわ、たっ」
 反射的に座ったまま後ろに退こうとしてバランスを崩しかけ、強引に持ち直す。
 ふー、と一息つこうとすれば、明らかに挙動不審なこちらを見つめる、なおも心配そうな視線がそこにあるわけで。
「……あー、まあ、そう、だな。うん」
 とりあえず、神妙そうに何度か頷いておく。
「わかった。おまえがよっぽど気持ちよさそうに寝てるときはわかんねーけど、そうでなかったら、起こすようにする。……これでいいか?」
「うん。よろしくね」
「……でもまあ、おまえが気持ちよさそうに寝てないときなんか無い気もするけどな」
 嬉しそうに微笑まれて、何故か口をついたのはまた冗談の類だった。
 いかに余裕がないかが知れるってもんだよなー……はあ。あー、左之さんが見てたら絶対指差して笑ってんだろな。
「……そんなに能天気な顔して寝てるかな……」
 って、こっちはこっちで変なところで落ち込み始めてるし。
「そういう意味じゃねーって。その……かわいい、って意味でさ」
 余裕がないおかげで、まるで不貞腐れたような口調になってしまった。おまけになんか顔まで暑い。
 慣れないことは言うもんじゃないよなーと思いつつ横目で相手を確認すると、……えーと、なんか思いっきり耳まで真っ赤にしてる奴がいるんだけど。
「って、今更そこで照れんなよな! こっちまで恥ずかしくなるじゃんか!」
「ご、ごめん……」
 自分のことを棚にあげたどころか責任転嫁までやらかしたのに、か細い声に謝られた。
(た、立場ねえー……)
 彼女はまだ恥ずかしさが抜けないのかうつむかせた顔を上げようとしない。
 なんだこの雰囲気。めっちゃ気まずいんだけど。ていうか自業自得なんだけど。
(……何やってんだろうなー、オレ)
 これでは、時間を――それもせっかくの二人の時間を――無為に過ごしているといっても過言じゃない。
 真っ赤になって照れてる千鶴はそりゃ可愛いけど、どうせなら楽しく喋ったりとかした方がいい。
 だってその方が、きっといい思い出になるだろうから。
(――よしっ)
 おもむろに立ち上がる。
 すーはーと気づかれないように深呼吸してから、座ったままの彼女を見下ろした。
 こちらにつられたのか彼女は顔をあげていて、まだその頬が赤いのが見て取れる。その顔の前に、手のひらを差し出した。
「行こうぜ、千鶴!」
「ど、どこへ?」
 面食らった風だが、気にしてたら始まらない。そうだ、好きな女の前でくらい格好つけないと。
「どこだっていいって。散歩でもいいし買出しでも……ってそれはこの間行ったばかりか」
 土間の様子を思い出して、しばらくは人里に降りなくても問題ないのだったと思い直す。
「じゃあ散歩!」
 誘うように指先を泳がせると、細くて白い指がそこに触れて、重なった。手のひら全体をしっかりと掴んで、引っ張り上げる。
 以前はひどく温かく――いっそ熱いぐらいに――感じられたその手は、今はもう自分のものとそう変わらない。
 そのことにささやかな安心感と余裕を得て、
「よっし、そんじゃ行こうぜ!」
 繋いだ手はそのままに駆け出した。
「わっ、ちょっ、待って平助君!」

(――さっき起こすって言ったけど、あれ、たぶん無しな)

 眠気を無視して強引に起きていたのは、刹那の時間を惜しんだから。
 羅刹化してその力を振るい続けた結果、何物にも代え難い今がある。でもそれは、自分に残された時間がもう、他人よりは多くはないということでもあった。
 だから、残り少ない時間を、ただ無為に眠って過ごすのが勿体ないと感じたんだ。

(でもさ、それでおまえを心配させたりすんのとか、本末転倒だよな)

「ごめんな」
「え?」
 走りながら小さく呟く。
 その声は風に乗ったらしく、すぐ後ろの彼女に気付かれた。
「なんでもねーって、ほら急ぐぞ、千鶴!」
「っさ、散歩じゃなかったのー!?」


 息の上がりかけた彼女を引っ張って、大地を駆け抜ける。
 独りよがりで格好悪い考えを吹き飛ばすように。
 温もりを伝えてくる手のひら――彼女だけは、決して離さないように。





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 へーちゃんは「かわいいは、正義!」を地で行く子だとおもいます。
 しかし私がやるとかわいそうな方向にしか転がらないのでなんというか偽っぽさが漂っててどうにもならんちう……本当すまんかった土下座。