dearest song
ラヴコレ2015秋にて無料配布していたペーパーです。
紅百合さんとウサギちゃんのキャラクターCDとかもどんどん出してくれていいのよ、という主張のつもりだった。
「……べ、紅百合さん、やはりこういうのは……」
「大丈夫だよウサギちゃん、すっごく可愛いし!」
力強く断言する言葉から一つとして安心できる要素を見つけられず、私は自然と及び腰になってしまいます。
そもそもどうしてこんなことになっているのでしょう。
最初は確か、紅百合さんの恋を応援するための作戦だったはずです。
緋影さんから興味を持ってもらうために、紅百合さんの新しい一面を見せるというのはどうか。
しかし具体的にどうすればよいか頭を悩ませる私に、紅百合さんは一つの案を提示してくださいました。
「新しい一面って、私にそんなものはないと思うけど……うーん、一般論でいうなら、特技を見せるとか?」
「特技、ですか」
「あまりそんな風には見えないけど、実は得意っていう。例えば、大人しそうな子がすごいダンスが上手とか、歌が上手いとか……って、これだと意外な一面かな」
「歌……なるほど、「あいどる」というやつですね!」
「え?」
「私も話に聞いたことしかありませんが、とても熱狂的な好意を向けられるものだと聞いています。では次は「あいどる」をやりましょう!」
「ええええ!?」
「確か「あいどる」というものはきらびやかな衣装を着て歌って踊るのだそうですね。ということはまずは衣装から……紅百合さん」
「な、なに?」
私は巻尺を取り出しつつ、紅百合さんに直立不動でいるようにお願いしました。
「あ、あのウサギちゃん?」
「動かないでください。ただの採寸ですので」
「そもそも私、アイドルをやるとは一言も言ってないよ!?」
「紅百合さん。これは作戦なのです」
「そ、そんなこと言われても、これはさすがに恥ずかしいから遠慮したいっていうか……」
そういうわけで、私は紅百合さんの「あいどる」衣装を作ろうと張り切りました。
歌は紅百合さんが知っているものでと思いましたが、残念ながらよく覚えていないとのことなので、そちらについても考えなくてはなりません。やることは目白押しです。
そうして色々と進めるうちに、とうとう紅百合さんも根負けしてくれたようでした。
ただし、「私一人じゃ恥ずかしいから、ウサギちゃんも一緒ならやるよ?」と、理屈のよくわからない譲歩を持ちかけられてしまい。
結果、何故か私まで「あいどる」というものをやることになってしまいました。うう、恥ずかしいです……。
「私だって恥ずかしいけど、可愛いウサギちゃんを見るためと思えば何てことないし」
一体なんでしょうか、この本末転倒感は。
そして、緋影さんに見てもらうだけだったはずが、何故か皆さんの前で歌を披露することになってしまいました。
そもそも私は仮面を外せません。それは「あいどる」としてどうなのでしょうか。
ですが、ウサギちゃんは本当に可愛いから大丈夫だよ、と謎の熱意を持った紅百合さんに押し切られ、二人で皆さんの前に立ったのです。
歌うのは、私と紅百合さんの二人で作った歌でした。
私は音楽の知識に長けているわけではありませんでしたが、これは作戦なのです。やらないわけにはいきません。
そう、胸に秘めたあの人への気持ちを、曲と詞にのせてお伝えする……なんて素敵なんでしょう。
なので紅百合さんには歌詞の方をお願いしたのですが、全部は無理だよと言われてしまい、最終的に二人で半分ずつ詞を書きました。
曲の方は最初から二人で、浮かんだ音楽を少しずつ繋げていく感じで作り、最後に詞をのせて一つの歌にしたのです。
拙いながらも、二人で練習を重ねてきたそれを歌い終えると、皆さんはわっと拍手をしてくださり。その上、めいめいに賛辞までいただいてしまいました。
それはどちらかというと紅百合さんに向けられたものだと思うのですが、私についても良かったなどと言われてしまい、恐縮する他ありません。
ともあれ、なんだかんだで観客に巻き込まれた緋影さんも、紅百合さんの雄姿は見てくれたはず。
中々に失うものも多かった作戦ですが、終わりよければすべてよしといったところでしょうか。
「では、私はこれで……」
そそくさと帰ろうとすると、いつの間にか鴉翅さんが私と紅百合さんの後方に回り込んできていました。
なにやら機嫌の良い、というか良すぎる鴉翅さんは、なにを思ったのか私と紅百合さんの肩を掴むと、押し込むように力を込めてきました。
結果、私たちは鴉翅さんの両手に挟まれ、半ば強引に寄り添う形となりました。
「ちょっ鴉翅くん、なにす……」
「ひゃっ」
肩に置かれたままの手が、私たちの向きを右に四五度ほど回転させます。
すると私たちの視界には、呆れたような顔の主様――いえ、緋影さんが飛び込んできました。
「ほら緋影っちもそんなとこで仏頂面してないでさー、女の子たちが頑張って場を盛り上げてくれたんだから何か一言くらいあってもいいんじゃないのー?」
緋影さんは気乗りしなかったのでしょう、私たちの歌う様を隅の方から眺めていたように思います。
どうやら鴉翅さんはそのことに気づいて、紅百合さんの姿を正面からちゃんと見てもらえるよう取り計らってくれたのでしょう。
ありがとうございます鴉翅さん。ぐっじょぶ、というやつです。
ですが、何故私まで前に押し出す必要があったのでしょう。注目してもらうのは紅百合さんだけでいいはずなのですが。
「……」
面倒くさそうに緋影さんが顔を上げます。その視線が私を捉え、すぐに横へと移動していきました。そうです、紅百合さんを見てくだされば良いのです!
「っ……ほ、ほら緋影くん! この衣装とかもね、全部ウサギちゃんが準備してくれたんだよ!」
(っ!?)
緋影さんの視線に耐えきれなかったのか、紅百合さんは私を盾にするように前へと押し出しました。
(べ、紅百合さん!)
違います主様。紅百合さんも頑張ってくださったんです。私はただ衣装などを可愛らしく仕上げただけで、いいから紅百合さんを見てください!
そう念じたところで、伝わるはずもありませんでした。
仮に直接お話し出来たとしても、私は何も話せないのですから。
――真実を、伝えることは出来ないのですから。
「……」
緋影さんの視線が私に刺さります。
私は仮面の下で、ぎゅっと両目を瞑りました。隠しているたくさんのことを、読み取られまいとして。
「……まあ、良かったんじゃないか。それなりに」
「緋影っち適当すぎ。もうちょっと感想とかないわけ? 可愛かったーとか歌がうまかったーとか」
(はいそれはぜひ紅百合さんにお伝えしてください!)
私はさらに心の中で念じます。
やがて緋影さんは難しい顔でこう言いました。
「衣装は可愛らしいとは思うが、スカートが短すぎだろう」
「うっわまさかのダメ出し!? ていうかそんな言うほど短くないと思うけど」
「女子が人前で、軽々しく肌を見せるものじゃない」
「……前から思ってたんだけど、緋影っちってわりと考え方古いよね。ジジ臭いっていうか」
「なっ……僕の何が爺臭いと言うんだ!」
「ま、まあまあ、そういうのは人それぞれだから、人それぞれ」
慌てて鉤翅さんが止めに入ってくださいました。なんだかすみません……。
「……まあ、歌の方も良かったと思う。紅百合の声はのびのびとしていて聞きやすかったし」
「そ、そうかな。……その、ありがとう。お世辞でも嬉しいな」
いいえ紅百合さん、それはお世辞じゃありません。本当のことです。
「……僕は、正直な感想を述べたつもりだけれど」
心外だとばかりに緋影さんが表情を曇らせます。
「そーだよ紅百合ちゃん。オレも紅百合ちゃんの歌声好きだなー。あ、もちろん声だけじゃなくて紅百合ちゃん自身が好きだけど」
「あ、ありがとう……?」
まぜっかえす鴉翅さんに続くように、鉤翅さんが僕も好きだなと笑顔を見せていました。中々に混戦している感じがします……。
これはまた新たに作戦を考え直した方がいいかもしれません。
そんな風に仮面の下で思案していると、急に紅百合さんが声をあげました。
「わ、私はいいから! ウサギちゃんは? ウサギちゃんもすごく良かったと思うな!」
話題を逸らすためでしょう、紅百合さんが強引に話を振ります。
迂闊でした。
この作戦において、私のことなどどうでもいいのです。次のことを考える前に、まずここを離れるべきだったのに。
いえ、後悔と反省は後にしましょう。今はこの場を退散する方が先です。
しかし、私の行動は遅すぎたようでした。
「ウサギか。……ああ、そうだな」
緋影さんはなにか考えるように目を閉じました。
やがて開かれたその瞳は、どこか遠くを見つめるようで――それを見た私は、小さく息を呑みました。
紅百合さんたちも、声には出すことなく、どこか驚いたような反応をしています。
――良かったと思う、と。
そんな差し障りのない感想を述べる顔には、ひどく懐かしい、柔らかな笑みが浮かんでいて。
「……へー。緋影っちもそーゆー顔するんだ。なんか意外ー」
「そういう顔? なんのことだ」
鴉翅さんへ聞き返す緋影さんの表情は、もう見慣れてしまった生真面目なそれに戻っていました。
「……いつもの緋影くんだね」
「うん。でも私、緋影くんのああいう顔、前にも見たことあるよ。二人で探索してた時にね、突然女の子が緋影くんにしがみついてきて……」
紅百合さんの話をまとめると、お二人で探索中、少女の魂が天に召される手助けをされた、ということのようでした。
「へー。ところで紅百合ちゃん、その女の子のお兄ちゃんて、緋影っちより小さいって言ってたんだよね?」
「え? うん、確かそんな風に言ってたなって……」
「ということは、その子って結構小さい子ってことだよね。……もしかして緋影っちって、そっちの趣味が!?」
「待て。そっちとはどっちだ。というかものすごく失礼なことを言っているだろう」
「えー、そんなことないって。それにさっき鉤翅くんも言ってたじゃん、人それぞれって。だから、例え緋影っちが幼女趣味だったとしても、オレは生暖かく見守らせてもらうよ☆」
「――は!? 僕はそんな破廉恥な趣味を持ち合わせてはいない!!」
白熱する議論の中、私はそっと隠れ家を退出しました。
扉を閉めたところで、ウサギちゃん? と私を探す紅百合さんの声が聞こえましたが、私は構わずその場を離れました。
廊下を進み、隠し扉から自室へと通じる階段をとんとんと降りていき。
ようやくたどり着いた部屋の扉を開けて、中に入ります。
閉じたそれに背中を預け、私はずるずるとその場にへたり込みました。
仮面を外し、両の手のひらで直接顔を覆います。
「……っ」
先ほど目にした光景が、遠い記憶の中のそれと重なって。
ふつふつと沸き起こる感情が、喉を締め付けます。
ひきつけのような呼吸を繰り返すうちに、ぽろりと熱いものが両目から零れ落ちました。
決して、あの方はなにかを思い出したわけではないはずです。
けれど、それでも。
縋るべき希望に手が届きそうな気がして。
「……おにい、さま」
私はひとり、心の底から沸き起こる歓びに、ただ打ち震えるしかなかったのです。
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学園パラレルファンディスクもずっと待ってます!(仲村)
キャラクターCD風に女子二人へ白シャツ着せるとか事後感ひどい
→紅百合さんはともかくウサギちゃんは事案すぎる
→お兄ちゃん許しませんよ><
というわけで表紙はアイドル衣装の二人になりましたこっぴどい無茶振りに応えてくれた仲村さんありがとう!!
本文は狭間さんの不可思議ぱわー☆に頼り切ってご都合全開でマジすまんかった。
ただ……ひらひらふりふり衣装でポーズ決めてる二人が見たかっただけなんだ……(実月)