meganebu

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boat anchor

ロン悲恋エンドのその後とかいう蛇足中の蛇足。いつぞやに部誌に書き殴った短文の追記版です。
あんま気分いい話じゃないのでご注意ください。

 

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 意識が浮上したと同時、身体は勝手に動いた。
 構えた銃口の先に見えたのは人で、女の子だ。悪すぎる視界に室内の暗さも相成って、顔はよく見えない。
 窓から差し込む月明かりが浮かび上がらせた身体の線で、自分よりは年下の少女だろうと判断した。
 彼女の手にも得物があり、その手には不釣合いな大きさの銃把がしっかりと握られている。自分の手にあるものと同型のようだ。
 ただ、狙いの正確さに関しては欠けていた。僅かながら、向けられている銃口が震えている。
(誰だっけ、この子)
 そう思っただけで、別に思い出そうとも思わなかった。
 目の前にいるだけでも十分なのに、自分へ銃口を向けている時点で、相手が何であるかなど考える必要はないからだ。
「……」
 見覚えのない女の子が何事かを言った。声ではなく、その目で。
 じっとこちらを見据えて逸らされることのない、両の瞳で。
 そこだけは、一つとして揺らいではいなかった。そこに確固たる覚悟があるのだと、理解できた。
(……ああ)
 理由などなかった。
 ただ、「そういうものなのだ」と感得した身体の方が、勝手に動いた。
 徐に彼女の構える銃身を掴み、軽く半身を屈め、銃口を右目の上付近へと外れないよう固定する。

 ――それはまるで、獣が信用した存在へ頭を摺り寄せるようだったと、何も知らない人間が見ればそう評したかもしれない。

「……」

(もう、泣かないんだ)

 自分を映し続ける瞳に、そんなことを思った。
 それを疑問に思うこともなく、永久とも思われる数秒を、ただ相手を見つめることに費やす。


 数瞬後には、もう何もないであろうことを確信して。
 けれどその無こそが、唯一許された何かなのだろうと予感して。


 やがて響いた銃声は最後まで聞き取れず、ただ全てが闇の中へと霧散した。


***


 ごとん、という無機質で大きな音に、飛びかけていた意識が引き戻された。
 月明かりが差し込むだけの暗い室内。
 夜目の効く自分には何の障害にもならず、目の前で倒れているものをはっきりと視認することが出来た。
 そこでようやく、いつの間にか自分が床に座り込んでいたことに気付く。
 さっきから小刻みに震え続けている右手は、石にでもなってしまったかのようにきつく得物を握り締めたまま――うまく動かすことができない。
 それに、右腕もどこか痺れたように鈍く重い。それが発砲時の反動によるものだということは、もちろんその時の私にはわからないことだったけれど。
(……腕の痺れが引けば、大丈夫。……多分)
 何より、自分は言ったのだ。状況的に言葉では告げられなかったけれど、頭の中で宣言した。
 すぐ追いかける、と。
「……」
 右腕と右手から力を抜こうと意識するが、中々うまくいかない。落ち着こうと細く息を吸って、吐き出す。
(……あの人の、匂いがする)
 倒れてからピクリとも動かない身体が、時折まとわりつかせていた香り。それは今、自分の右手から香っているのだ。
 どうにも好きになれなかった香りの正体を再認して、吐き出す息が不規則に震えた。
 呼吸を整えようと、吸い込む空気の量を多くする。
 ただ、そんなことをすれば香りを強く感じることになるのは当たり前で、さらに錆びた鉄の匂いが交じり始める。
(……っ)
 一度乱れた呼吸はなかなか元に戻ってはくれなかった。
 苦心して規則的な呼吸を取り戻せた頃、私はようやく理解した。
 彼があんなにも「銃」というものを大事に扱っていた理由。いつまでも終わらなかった手入れ。その光景を見た自分が、酷く嫌な心地になったこと。
 ゆっくりと、右手を持ち上げる。震えは大分収まってきていたけれど、握ったままの手の形は崩せそうになかった。
 胸の前まで持ってきたそのカラクリは、まだ熱を帯びていた。
(これは……絶対的な、力)
 力ではまったく敵わなかった相手の命を、ほんの一瞬で奪い尽くすことが出来る。
 彼はあの船に乗る前から、この銃というものを使っていたのだろう。そして、おそらくは――そうすることで、彼は生きてきたのだろう。
(だとしたら……大事にして、当然)
 彼がどんな生活を送ってきたのか、それを知る術はもうない。
 けれど、彼が生きるためにこの力を行使し続けてきたのだとしたら、それはどれほど過酷な状況だったのだろう。
 相手を殺すか、自分が殺されるか。
 そんな状況が続きでもしなければ、こんな力を扱う必要はないように思える。
 もちろん、それは全て自分の憶測でしかない。
 彼の過去は失われてしまった。他ならぬ自分の手によって。
 そして今、彼の命までも、この手が奪い去ったのだ。
(全部、私が決めたこと。……約束を持ちかけてきたのは室星さんでも、それを守ることを選んだのは、私)
 人の命を奪うことは間違いなく罪だ。
 その上自分は、もう一つ大きな罪を犯している。
(私が消した室星さんの記憶は、もう戻らない。……私は、この人が罪を償う機会も奪ってしまった)
 かつて彼から重ねて聞かれた問いは、今ならはっきりと答えられそうだった。
 ――やはり、人殺しに正義などないのだと。
(……私は結局、貴方を救えなかった)
 記憶を全て失えば廃人になり、元の人ではなくなってしまう――それは、その人を殺したも同然なのではないだろうか。
 つまり自分は、二度も彼を殺したということだ。
「……」
 犯した罪は償うべきだ、そう思う。
 償う方法は様々だとは思うが、今の自分に出来ることは、一つしか残されていない。
(……私もすぐ、追いかける)

 もう、右手は震えてなどいなかった。

 最後に、彼はどんな顔で亡くなったのかを確かめようとして――出来なかった。
 銃によって吹っ飛ばされてしまったそこを眺めても、表情を窺い知ることなど出来はしなかったから。

 銃口をこめかみに押し当てる。
 彼と同じように右目へ当てたりしなかったのは、最期まで彼の姿を見ていたいと思ったからだ。
 銃というものは意外に重量がある。先ほどは彼が強く銃身を握ってくれていたけれど、今回は自分の力だけで固定していなければならない。それも、片手で。

(ロン。……待ってて)

 彼はきっとたくさんの罪を犯してきたのだろう。
 そしてそれは自分もだ。言われるまま他人の記憶を消し続け、恨まれて当然の人生を送ってきた。
 その上、彼に至っては二度も殺してしまったのだ。
 重い罪を負った私たちはきっと、天国ではないどこかで会えるに違いない。

 だから彼への謝罪は、また会えた時にしよう。


 そうして、引き金にかけた指へ力を込めたと同時――この家屋の扉が、乱暴に開いた音がした。




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片手で撃ったもんだから反動ひどくて弾道ズレて即死とは行かず駆け込んできた一月のおかげで何とか一命を取り留めた七海たんに、罪は生きて償うものなんだって力説した後自分はそんなこと言えた人間なのかとかどこかしらブーメラン的にぐっさり来てる一月、までは妄想しておいたけど誰得なんだと言われたら誰も得しねえなと思ったので割愛しておいたよ!

諸々夢見がちでほんとすまんかった。