meganebu

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「綾籠紡ぎ」表紙

綾籠紡ぎ

A5/52P/400円
歌さに小説本

実月個人誌。(表紙:仲村)
お付き合いを始めた歌仙兼定と女審神者がそこはかとなくいちゃこらしている感じの小話集です。

・女審神者は恋愛経験がろくにない趣味は古美術鑑賞の一般人(17)
・本文中に女審神者の名前は出てきません
・システム面であれこれ独自設定あるのでご注意ください

本文サンプルは続きから。

 

◆「綾籠紡ぎ」本文サンプル……序章(本丸説明話)+そこはかとなくいちゃこらしている小話パート




「――歌仙兼定様」
 名を呼ばれ振り向くと、そこには小さな狐の姿があった。
 歌仙はちらと周囲の気配を探る。近くを通る者も、覗き見をしている者もいないようだった。
 この場にいるのが自分と狐だけと理解した歌仙は、確信を持って問い返す。
「……いつものやつかな」
「はい。此度もご協力いただけますでしょうか」
 手間といえば手間だが、断る理由もない。
 歌仙が了承を告げると、こちらへ、と狐が先導して歩き出した。
 やって来たのは本丸の外れにある庭だった。狐が何もないところを前足で押すような仕草をすると、突然そこに小さな門が出現する。
 人が一人通れる程度の小さな門で、開かれた門の先は深い霧に覆われたように何も見えない。
 その先が、この本丸の大広間ほどもある広い場所へ繋がっていることを歌仙は知っていた。
 何せ、彼がこの門と相対するのはこれで三度目である。
「どうぞ」
 狐に促され、足を進める。そうして門をくぐった途端、周囲の景色が一変した。
 以前に来たときと同じ、床も壁も天井もすべて無機質なパネルで覆われた室内。
 その中央には文机と座布団が用意されている。
 歌仙に続いて狐が空間に入ると、入口であった場所に周囲と同じパネルが出現した。
 入口も窓もない完全な密室と化したこの空間は、政府と審神者との間で、機密性の高い情報をやり取りするための場とされている。
 情報の漏洩を防ぐため、この場への出入りに関しては、政府が厳しく管理をしている。政府の許可がなければ、中に入ってしまった歌仙は外に出ることも叶わない。
 言ってしまえば、審神者の首を縦に振らせる場所でもあるのだろう。歌仙はそのように理解していた。
 歌仙が座布団の上に腰を据えると、文机を挟み正面へと立った狐が尋ねてきた。
「今回は文にいたしますか?」
「いや、口頭にしておくよ。あまり長くかけてしまうと昼餉の準備に遅れてしまうからね」
「わかりました。それでは前回と同じく――この本丸の審神者様についてお話ください」
 この場は審神者には知らされていない。
 何故ならば、これは近侍――ひいてはこの本丸の刀剣男子が、審神者から過剰な抑圧や洗脳行為を受けていないかを確認する場でもあるからだ。


***


 審神者という存在を立ち上げ、政府がいつ終わるとも知れない戦を始めてしばらく経った頃のことだ。
 時間遡行軍に対抗すべく、当時の政府は数多の審神者を送り込んでいた。部隊の練度はさておき、数で押し通す物量作戦が主流であったらしい。
 また、基本的に一定以上の霊力を扱える者のみを審神者に選んでいたこともあって、その作戦はそれなりの成果を上げていた。
 まずまずの首尾を受け、政府はさらに多くの審神者を戦いへと投入していった。
 だがやがて、その力押しの弊害が目立ち始めた。
 成果は確かに上がっていたが、それに比例する形で、異常な状態の本丸がいくつも確認されたのだ。
 人の形を取った付喪神。彼らを非人道的に運用することで、この上ない結果を出す――俗に言う「ブラック本丸」というものである。
 そうした本丸がいくつも横行し始め、結果、起こるべくして事件は起きた。
 刀剣男子達の謀反である。
 酷使された刀剣たちが、主たる審神者を殺めた。
 とある本丸で起きたその事件を皮切りに、多くのブラック本丸で彼らの反乱が相次いだ。
 主を失った彼らは、ある者は暴走し、ある者は形を保てなくなり消失した。また、時間遡行軍へと身を落とした者もいる、等のまことしやかな噂も流れた。
 それらの対応に追われる中、手薄になった要所を時間遡行軍に狙われたのである。最悪の事態は免れたものの、政府は大きな痛手を負うことになった。
 もし、このようなことが再び起きれば、時間遡行軍を止めることは出来なくなるかもしれない。
 時間遡行軍に対する唯一の勝機として見出した、付喪神という絶対的な武力。
 それらを失うことは完全なる敗北を意味する。
 後のない政府は、数々の再発防止策を打ち出し、それらの運用を始めた。
 審神者を介さず近侍から本丸の状況を報告させる、というのはその筆頭である。
 ブラック本丸における刀剣男子たちの多くは、審神者から過度の抑圧を浮け洗脳状態に陥り、磨り減らない道具のようにその身を酷使され続けていた。
 近侍となる者は誰よりも強く洗脳される傾向にあるため、近侍と直接面談することでその兆候を察知しようという狙いだ。
 この「近侍面談」は、元来審神者へは知らされるものではない。ただ、近侍から審神者へ報告することについては、特に禁止されていない。刀剣男子が従うのはあくまでも主たる審神者であり、政府ではないからだ。
 主へ伝えておくべきと判断したならば伝えるもよし、その必要はないとみなしたならば黙っていればよい。近侍を任された彼らの忠誠心を立てた形である。
 余談だが、面談の場に用意された文机は、口下手な者が文章で報告するために使われる。他にも、主から「口外を禁ず」等の厳命を受けている場合に、頓知的な逃げ口として準備されているものだ。

 ――閑話休題。

 再発防止策の中には、「刀剣を丁重に扱う者を審神者に選出する」というものがある。
 例えば刀剣の蒐集家や研究家、果ては古美術品の鑑賞を趣味とする者まで、刀剣に対し一定以上の礼節を持って行動出来そうな人材を審神者へと任命したのだ。
 もちろん審神者としての適性がある者に限られはしたが、基本はただの一般人だ。霊力は低く、即戦力とはなり得ない。ただそれでも、時間をかければ奴らに対抗出来る力となり得るのではないか――半ば実験的な施策として、多くの刀剣愛好家が新たな審神者となった。
 この本丸の審神者もその一人だ。その趣味が「美術鑑賞(古美術品全般)」というだけで選ばれた少女の霊力は、多く見積もっても中の下止まりである。
 その少女に初期刀として見出された歌仙は、主についての近況を語り始めた。
「最近の主は、毎日欠かさず「霊力を高めるための修行」とやらをしているね。まあ、その効果が出ているようには思えないけれど」
「修行ですか。それはどのような?」
「清らかな水に浸かって身を清めて、精神統一をするとか言っていたかな。政府が推奨しているものだとか」
「ああ、禊ぎキットのことですね」
 禊ぎキットとは、その名の通り「禊ぎ」を行うための水辺を本丸の庭(またはその周辺)に設置するという、本丸内装オプションの一つである。
 霊力の低い審神者に人気の設備だ。もちろん、ただの水場が提供されるだけで、霊験あらたかな代物ではない。
「効果は感じられませんか」
「今のところはね」
「なるほど。開発班に伝えます」
「それから、禊ぎを終えた後、身形を整えないまま本丸を歩き回るのは頂けないね。外で着替えるわけにもいかないのはわかるけど」
「開発班には同様の意見が多く寄せられているようです。近いうちに改善されるかもしれません」
「早めに頼むよ。あれは目も当てられない」
 歌仙が疲れたように息を吐く。すると、今度は狐の方から質問がなされた。
「このところの戦績は悪くないようですが、審神者様が指揮を?」
「いや。攻略については今も僕が任されているよ。ただ、また練度の低い者を鍛えようという話になっていてね。そちらは主が采配をとっている」
 そういうことでしたか、と納得したように狐が頷く。
「審神者様の状態は問題ないということですね」
「ああ」
「了解しました。それでは、こちらをご確認いただけますか」
 狐が言い終えると、文机の直上へディスプレイが浮かび上がった。
 続いてそこへ、数ページ程度の文書が表示される。
「先日の件に関する審神者様からの報告書です。内容を確認いただき、認識に差異があればご指摘を」
 了承の意を告げ、歌仙はその文面へ目を通していく。
 報告書の題名にはこうあった。
 ――『自身の霊力を直接刀剣男士に付与することで、彼らの能力を底上げする不当行為について』と。
 内容は、つい先月にこの本丸で起きた事件に関するものだ。
 審神者は着任当初、作戦指揮を近侍である歌仙に任せていたが、戦力が整ってきた頃から少しずつ指揮をとるようになっていた。
 練度の低い者を鍛えるための、難度の高くない時代への派遣。それを繰り返す中で、育成途中のその部隊は検非違使に遭遇することとなった。
 幸い折れた者はいなかったが、多数の重傷者が出る結果となった。
 決して審神者の指揮に落ち度があったわけではない。
 だが審神者は大きなショックを受け、刀剣男士のために出来ることはないかと模索を始めた。
 そうして彼女は、先述した不当行為に関する情報に辿り着いたのだという。
 曰く――「審神者の霊力を付与されたことで、限界値以上の力を振るう最強の部隊」。
 それは非公式な場でよく語られる、与太話の一種だ。
 非常に強い霊力を持った審神者が刀剣男子らに自らの霊力を与えて戦わせ、本丸着任から最速で時間遡行軍を追い詰めた、というのが話の大筋である。
 もちろんそのような部隊は現存していないし、政府の記録にも一切残ってはいない。
 だが噂話として語り継がれるうち、「霊力の低い者は自身の生命力で代用出来る」「命そのものを捧げるわけではなく、少々疲弊する程度で済む」といった、根拠のない情報が付随し始めたのだ。
 この本丸の審神者は、そうした出鱈目ともいえる情報を調べあげ、実際に試したのである。
 本人曰く、実際にそんなことが可能だとは信じていなかったが、それでも何もせずにはいられなかった、という。
 結果、出陣した部隊の者には、常時に比べ若干身体が軽いような気がする、というささやかな効果があったらしい。
 そうして、相応の戦果を挙げ本丸に戻った者が目にしたのは、廊下に倒れ伏した審神者の姿だった。
 幸い命に別状はなかったものの、彼女が意識を取り戻すまでには三日もの時間を要したのである。
「……」
 歌仙が目を通した簡潔な文章の内容は、彼の記憶とほぼ相違ないものだった。
 問題がないことを告げると、狐は短く返礼した。
「実は、似たようなケースが数件報告されております。どれも大事に至りはしませんでしたが、今後このような行為は不正行為として取り締まる方向で動いております」
「是非そうしてもらいたいね」
 あんな思いをするのは二度と御免だ――苦虫を噛み潰したような顔で、歌仙が付け加える。
「……まあ、あれ以来主の意識も変わったようだし、悪いことばかりでもなかったけれど」
「そうなのですか。それは具体的に、どのような?」
 既に知っていることとは思うけれど、そう前置きしてから歌仙は言った。
「ずっと付けていた面布を止めて、皆の所へ顔を出すようになってね。今までは自分の部屋と鍛刀部屋を行き来する程度だったし、随分な進歩ではないのかな」
 歌仙はそこで言葉を切ると、ところで、と話題を変える。
「面布(あれ)は付喪神(ぼくら)に隠されないようにと政府が推奨していると聞いたけれど、主は外したままで構わないのかな」
「問題ありません。隠される、と仰るケースのほとんどは自らの意志が弱く、場に流されやすい者が陥るものです。審神者様のように、己を律することの出来る方であれば、外していただいて構いません」
 了解した、と形ばかりの相槌を打つと、歌仙は話を打ち切った。
「まあ、僕から話せるのはそんなところだね」
「わかりました。では、今回はこれにて終了となります。ご協力いただきありがとうございました」
「ああ。では失礼するよ」
 歌仙が立ち上がった時には、閉じられていた室内に再び入口が出現している。
 一人と一匹がその空間から本丸の庭に戻れば、後にはもう何も残ってはいなかった。
 狐はもう一度形式張った礼を述べると、何処かへと姿を消した。
(具体的に、ねえ……さすがにそれを報告する気にはなれないな)
「歌仙?」
 声の方を見やると、彼の主が姿を見せていた。
「こんなところで、どうかしたの?」
「どうもしないさ。それより、きみこそどうしてこんな所に?」
「燭台切さんが歌仙を探してるようだったから……」
「ああ、昼餉の準備だね。すぐ行くよ」
 そう言った歌仙は、しかし踏み出した足を一歩目で止めてしまった。
 それに気づいて振り返った少女を、歌仙が素早く引き寄せる。
 そのまま、小柄な身体を腕の中へと閉じ込めた。
 まるで、周囲の目から隠さんばかりに――力強く。
「……あ、あの。歌仙?」
「ん? なにかな」
「お昼の準備をするんじゃ……」
「ああ、そうだね」
 もう少しだけ、とその耳元に囁く。
 びくりと反応する様に気をよくしながら、自分との密接な関係を前向きに考えてくれるようになった主を、歌仙はしばらくの間取り籠め続けた。

 

<簪の話>

 ぷつん、と小さな音がしたかと思うと、まとめていた髪がばらっと解けた。後ろを振り返ると、切れてしまったらしいヘアゴムが落ちている。
 私は普段髪を下ろしたままにしているけれど、事務作業をする時には髪をまとめることにしている。
 眼鏡と同じで、この方が集中出来る気がするし、気持ちの切り替えにもなるからだ。
(替えのヘアゴム……は、なかったよね)
 解けた髪を片手でまとめ直しつつ、代わりになるようなものはないかと見回してみる。
 似た形状のもので思い浮かんだのは輪ゴムだったけれど、残念ながらこの部屋には置いてはいない。
 何より輪ゴムで髪をまとめたら絡まって痛い気がする。
 それに、そんな真似をしたら近侍から大目玉を食らうのではないだろうか。
(雅じゃない、って怒られそう)
 その様がありありと想像出来てしまい、私は小さく吹き出してしまった。
(……あ)
 同時に、脳裏に閃いたものがあった。
 私は立ち上がって、押し入れに仕舞っていた収納ケースを引っ張り出す。
 元の時代から持ち込んだ物を入れてあるそれを漁ってしばし、目当ての物を探り当てた。
 取り出したのは小振りの箱だ。
 蓋を開けると、中には牡丹をあしらった簪が入っている。
母が存命中に贈ってくれた誕生日プレゼントだった。
(なんだか勿体なくて、ほとんど使わないままだったんだよね)
 休みの日などは、古美術品の電子図録を日がな一日眺めている――昔の私は随分と変わった子供だった。
 もちろん今も、図録さえあれば飽きることなく時間を忘れることが出来るけれど、この本丸でそんなことをしている余裕はない。
 ただ、ここに来てすぐの頃は、図録の存在を知った歌仙に請われて、二人で図録を眺めることも多かった。
 今思えばそれは、不慣れな環境で過ごす私の緊張をほぐすためだったのかもしれない。
 それから、一緒に図録を見ている時の歌仙は、いつも満足そうな笑みを浮かべていたのを覚えている。
 ひどく目を奪われてどうしようもない、あの笑みだ。
(……今、一緒に図録を見るのは、ちょっと無理かも)
 図録は外部からの持ち込みデータなので、自前のタブレット端末でしか参照が出来ない。よって、二人で鑑賞しようとするとどうしたって至近距離で並ぶ必要がある。
(すぐ隣にあの笑みがあるとか、全然落ち着けない……)
 下手をしたら心臓が持たない可能性すらある。
 だからここ最近は、時間を見つけては一人でそっと眺めているのがほとんどで――と、話が逸れてしまった。
 ともあれ、そんな古美術趣味の私が気に入りそうだから、というのが、母が簪を贈ろうと決めた理由らしい。
 中でも淡い紫の牡丹を選んだのは、私に似合いそうという以前に、母が一目見て気に入ってしまったからだと聞いている。
 母だけでなく、贈られた私も一目で惚れ込んでしまい、逆においそれと使うのを躊躇う程だったのだ。
(自分で使うと、鏡を使わないと見えなくなっちゃうし)
 結局、透明なケースに入れ直して飾っていたけれど、そのうち何かの拍子に仕舞い込んでしまった。それを本丸着任の準備中に見つけて、荷物に入れておいたのだ。
(確か、こうやって……)
 後ろで一つにまとめた髪を、不慣れながらも簪で留めてみた。手にした鏡の向きを変えながら、それなりに形になっていることを確認する。
(……ありがとう、お母さん)
 気に入っているものを身につけただけで、現金にも気分が高揚してくる。今のうちに書類を片付けてしまおうと、私は作業を再開した。
「主、少しいいかな」
 しばらくして廊下からかかった声に、どうぞと書類を見ながら答える。静かに入ってきたのはもちろん歌仙だ。
 その彼が、おや、と興味深そうな声をあげた。
 何だろうと振り向くと、間髪入れず前を向くよう指示される。
「あの……歌仙?」
「……うん、いいね。とてもいい」
 感心したように呟く歌仙と、何となく感じる後頭部への視線。どうやら簪のことを言っているようだった。
「これはどうしたんだい?」
 一応許可を取ってから彼へと向き直り、母からの贈り物であることを説明する。
 彼は目を細めてこう言った。
「きみの母君は素晴らしい感性をお持ちなのだね」
 そこでふと、歌仙の胸元にあるそれに目がとまる。私は思わずあっと声をあげてしまった。

 

<監査の話>

(本文途中から)

 次の瞬間、そこに移動用のゲートが出現した。二人で入るよう指示され、念のためと歌仙が先に入り、私がその後に続いた。
 入った先は、無機質な壁と天井に覆われた空間だった。学校の教室ほどの広さで、中央に箱が乗った台がある以外、何もない部屋だった。
『審神者様。箱の中から、一枚だけ引いてください』
 こんのすけの声がスピーカーを通して聞こえてきた。
 持ち込んだ手提げを歌仙に持ってもらい、私は言われるまま箱に手を入れてみた。手のひらに、折りたたまれた紙片のような感触が伝わってくる。
 そして、一枚を掴んで取り出した。
 四つ折りにされたこの紙に、監査の内容が書かれているということだろうか。
 紙を開いてみると、紙面にはこんな一文が記されていた。

 ――相手を犯さないと出られない部屋、と。

「……え?」
 間の抜けた声をあげたと同時、ピーという電子音に続いて、監査を開始しますというアナウンスが聞こえた。
 音のした方を見ると、部屋の入口が閉じている。
 まさか、と駆け寄って確認すると、ロックがかかっているのか開かなかった。
「主」
 私を追ってきた歌仙は、まだ紙面の内容を見ていない。私は歌仙を振り返れないまま、尋ねた。
「……歌仙。この扉、切れる?」
「やってみよう」
 多分無理なのだろう。そう予感しながらも、試さずにはいられなかった。そして結局、無理だった、という事実を確認しただけだった。
 開かない入口に、窓の一つもない部屋。
 要するにここは密室となってしまったらしい。 
(……出られない部屋、って)
 書かれた通りにすれば、部屋を出ることが出来る、ということだろうか。
(こ……これが、監査?)
 わけがわからない。混乱する私に、歌仙が何気なく聞いてきた。
「主、それには何が書いてあるんだい」
 その声に、私は思わず紙片を後ろ手に隠してしまった。
 もちろん隠したところで何の意味もない。
 私は最後の悪あがきとして、元の形に折りたたんでからそれを渡した。
「……これは」
 歌仙は不機嫌そうに顔を歪めると、閉じてしまった入口を睨み付ける。
「傷一つ付かなかった。強引に押し通るわけにもいかないようだね」
(犯す、って……)
 その単語が示す意味は、恋愛経験のない私でもわかることだ。
 いつしか、顔が熱くなっているのを自覚する。
 そんなことを、やれというのだろうか。
 この場で――おそらくは政府側が一部始終を監視しているであろう、衆人環境で。

 

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刀剣男子はほぼ歌仙しか出てない本です。