meganebu

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雨奇晴好

A5/40P/400円
狛犬兄弟合同誌

 

謡凜と詠凜の狛犬兄弟本です。 
詠凜:漫画(仲村)、謡凜:小説(実月)です。

 

本文サンプルは続きから。

 

 

☆仲村(漫画)

 

 

 

☆実月(小説)

 



 「見て、謡。今にも降り出しそう」
 学校からの帰り道、凜は空を指しながら隣を歩く相手に話しかけた。
 細い指先が示したそこは、先刻まで薄曇りだったのが嘘のように、どんよりとした灰色の雲に覆われてきている。
「ああ、もうすぐ降るぞこれ。さっきから湿った空気がどんどん濃くなってきてるしな」
 謡は軽く鼻をひくつかせ、間違いないとばかりに頷いた。
「じゃあ、走る?」
「そうだな……」
 曖昧な相槌を打ち、謡はじっと空を睨み付ける。
 二人がいる場所からぽんぽこりんまでは、徒歩で五分とかからない距離にある。
 降り出すのは確実なのだが、それが五分以内に起こるかどうかまではさすがに判別がつかない。
「私は一応、折りたたみのは持ってるけど……謡はないわよね」
「あると思うか?」
 まだ曇り空とにらめっこを続ける謡に、凛はううんと首を振る。
「なら聞くなって」
 念のためで鞄から折り畳み傘を取り出しつつ、凜は謡と同じように空を見つめる。
 しばらく無言のまま、二人は空を見上げて歩いた。
「まだ、平気……かな?」
「だな。ま、もうすぐだしな」
 そうして首の位置を戻した二人は、気持ち歩幅を広くして早足で進み始めた。
 ただしその二分後には、自分たちの判断が間違っていたことを知る羽目となるのだが。


***


 乱暴に開いた引き戸から駆け込んできた二人に、ぽんぽこりんの主人は目を丸くした。
「どうしたの二人とも! ずぶ濡れじゃないか。綴、二人にタオルを持って来てくれるかな」
「う、うん」
 同じく目を丸くしていた綴は、父親の指示に慌てて奥へ走っていく。
「あーくそっ、急に降り出しやがって!」
「傘は持って行かなかったの?」
 地団駄を踏みそうな勢いの謡の横で、まだ肩で息をしている凜に尋ねる。それが、と彼女は苦笑を浮かべた。
「折りたたみのを持ってたんですけど、雨が酷すぎて……」
「もう傘なんか開いてる場合じゃなかったんだよ。つーか、さしたところで絶対意味なかったぞ」
 とりあえず吠えて気が済んだらしい謡が、一転してげんなりと後を続ける。
 外から聞こえてくる雨音は今もなお激しく、屋内にいてもその豪雨の凄まじさが伝わってくる。
「そうか。二人とも、災難だったね」
「うーちゃん、おねえちゃん、これ」
 奥から戻って来た綴がタオルを差し出した。
 二人は礼を告げて受け取ると、とりあえず濡れそぼった顔と髪を拭きにかかった。そして、それだけでタオルは湿りきってしまう。
「……ごめん、謡。日直の仕事、私がもっと早く終わらせてたら良かった」
 申し訳なさそうに肩を落とす凜の額を、謡の指先が軽く弾いた。
「いたっ」
「ばーか。んなの、お前が謝ることじゃねえだろ」
 謡が明るく告げると、凜は表情を曇らせたまま、うん、と小さく頷く。
「さて、まずはお風呂かな。そのままじゃ風邪を引いちゃうしね」
「だな。ほら凜、さっさと入ってこい」
「あ……でも、謡は?」
「オレは後でいいって。ってもまあ、この狛犬様が風邪なんかひくわけ――、ふぇ」
 不自然に言葉が途切れたかと思うと、
「――ぶへっくしょい!」
 盛大なくしゃみが客のいない店内に響き渡った。
「……謡が先に入って来て。私は後でいいから」
「ばっ、今のは何かこうムズムズしただけだって! いいからお前が先に入れ」
「ダメ。謡の方が先」
「あのな。本当にオレは何ともないっつーの!」
「私の方こそ何ともないもの。……っくしゅ」
「ほーらみろ! ったく、早く入ってこい」
「謡の方こそ!」
 自分だけは何ともない。お互いに根拠のない主張を繰り返し続ける二人を前に、吟は小さくため息をつき、綴はおろおろするばかりだ。そこへ、
「なら、二人で入って来れば」
 苛立ちの混じったぞんざいな声は、階段を下りてきた詠のものだ。自身の双子が言い放ったとんでもない提案に、謡は一気に顔を赤くして叫ぶ。
「ばっ、ん、んなことできるか!!」
「ああ、それはいい案だね」
「ぎ、吟!?」
「吟さん!?」
 揃って声をあげる二人に、吟はにっこりと微笑んだ。
「もちろん冗談だけどね。それじゃあ凜ちゃん。まずは君から先に入ろうか。その次に謡だよ」
「でも」
「謡なら大丈夫。ほら、凜ちゃんが温まって出てこないと、謡もずっと入れないままだよ」
「……わかりました」
 まるで小さい子へするような諭され方に、凜は渋々頷くしかない。
「……何とかは風邪引かないって言うしな」
「おい、詠。それどういう意味だ」
「別に。ただの一般論」
 詠は面倒くさそうに兄をあしらうと、早く行けよと凜に目で促した。
 要するに、酷く遠回しに心配はいらないと告げられているのだろう。
 そう理解して、凜は小さく微笑んだ。
「じゃあ、先に入ります。謡、すぐに出てくるから、ちゃんと温かくして待ってて」
「わかったって。あと、お前はすぐに出てくんな。ちゃんと肩まで浸かって百数えてこいよ」
「もう、子供じゃないんだから……」
 けれど、それも彼なりの優しさなのだ。この双子は性格こそ真逆だが、根っこのところはとてもよく似ている。
 じわりと胸の奥が温かくなるのを感じて、凜はそっと呟いた。
「ありがとう。謡、詠」
 突然礼を告げられきょとんとする二人を残し、凜は足早に浴室へ向かう。
 脱衣所の戸を開けたところで、凜の耳に先ほどよりも豪快なくしゃみの音が聞こえてきた。
(……謡ったら、やっぱり何ともなくないじゃない。もう、早く出てこないと)
 凜は急いで脱衣所に入り、濡れた制服をややまごつきながら脱いでいく。
 肩口から両袖にかけてぐっしょりと湿ったカーディガンとブラウスは、もう洗ってしまおうと洗濯カゴへ入れた。
 ジャンパースカートは生地の半分ほどが濡れた程度で済んだが、結構水を吸っているらしく、平時と比べて微妙に重い。朝まで干してぎりぎり乾くかそうでないか、というレベルだった。
 乾かす方法は後で考えるとして、ひとまず洗濯機の上へ皺にならないよう広げておく。
「っ……くしゅん!」
 濡れた制服を脱いだところで、奪われた体温が戻るわけではない。
 自分が風邪をひいては元も子もないと、凜は手早くタイツと下着を脱ぎ去り浴室へ移動した。


(中略)


 勢いを殺さぬまま脱衣所まで走り抜き、謡は思い切り戸を開け放った。
「――凜!!」
 中に居たのは一人だけだった。
 脱衣所の中央でしゃがみこんでいた少女が弾かれたように顔を上げる。その拍子に、彼女の肩にかかっていたバスタオルがはらりと落ちた。
「う、謡」
 予想外にしっかりした声が返ってきた。表情も、怯えたというよりは驚いた風な色が強い。
 謡はすぐさま駆け寄り、剥き出しになった細い両肩を掴んだ。
「大丈夫か!? 何があった!」
 賊は逃げた後なのだろうか。
 謡は凜を軽く引き寄せながら、素早く周囲を見回す。
 だが、これといった痕跡も気配も見つからなかった。続き部屋である浴室からも、何も感じるものはない。
「あ、あの謡、落ち着いて」
「落ち着いてられるか! というかお前は!? 何かされたのか!?」
 抱え込むようにしていた凜を引き離し、上から下まで確認する。
 透き通るような白い肌には、赤い出血や青い打撲痕もなかった。
 その肢体を覆うたった一枚のバスタオルにも、そういった不穏な色は一つとして見受けられない。
 良かった、と謡は胸を撫で下ろした。
(……って)
 安心したところで、謡は唐突に我に返る。
 今まじまじと眺めているものが何であるか、そのときようやく思い至ったのだ。
 湯で温まったせいであろう、その肌はほんのりと色づいている。濡れた髪はゆるくタオルでまとめられ、後れ毛から滴った水滴が、つるりと柔らかな谷間へと吸い込まれていく――のを、目で追ってしまった。



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テーマは濡れ鼠です。