a bolt from the blue
駆ハッピーエンド後の駆こは。
色々と駆さんがひどいので注意。
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青い空に白い雲。見渡す限りのだだっ広い草原。澄み切った空気。
絶好のピクニック日和、なんて言葉がぴったりのその状況で、自分はベッドの住人となっていた。
といってもそんな深刻な話ではなく、起き上がる気になればいくらでもできる。
ただ単に、朝も遅い時間に起き出した自分の顔色を見たこはるに、有無を言わさず寝室へ押し返されてしまったという、それだけの話だ。
もちろん何の抵抗も試みなかったわけじゃない。
強引にこちらを反転させ背中をぐいぐいと押し始めたこはるに、そんな心配しなくても大丈夫だよ、とやんわりと制止を呼びかけようとはした。
したのだけれど、首だけ振り返らせた視界に入ってきたこはるの表情が、静かにキレる五秒前っぽいことに気付いてしまっては、白旗を掲げる以外の選択肢が見つからなかったわけで。
「本当、大丈夫なんだけどなあ」
何気なく呟いた声は掠れてしまっていた。自分で自分にげんなりする。
(……まぁ実際、身体とか頭が軽いかと言われたら、普通に重いけど)
渋々現実を受け入れて、大きく息を吐き出す。そうすることで、無意識のうちに全身を強張らせていたことに気付いた。
やれやれと嘆息しながら、固くなった関節をあちこち曲げたり伸ばしたり――僅かなストレッチをしただけで、じっとりとした疲労に襲われる。
どうやら本当に、今日の体調はあまりよろしくないらしい。
(とはいえ……)
仕方なくベッドに体重を預け、ぼんやりと天井を眺めつつ思うことは。
(暇だよね)
それもものすごく。
身体が本調子でないといっても、眠気はないし、頭は冴えている。
丘の上の一軒家。こはるがたった一人で暮らしてきたこの家は、本当に何もない。少なくとも、生活用品以外の「娯楽」と呼べそうなものは皆無だ。
与えられた名を呼ばれることすらなく、独りであることを当たり前にしてしまった彼女からすれば、それで十分だったのだろうが。
(まぁ……俺としても、こはるさえいてくれればそれで十分ではあるけど)
彼女と共に過ごす日々は、とても満たされた心地になる。
が、ストレッチ程度で疲弊するような状態では、こはるの半分も楽しむことができていない。
「……早く元気になりたいなあ」
思わずぼやくと、部屋のドアがノックされた。返事をしてすぐ、お盆を持ったこはるが入って来る。
「駆くん。そろそろお昼なので、スープを作ってきました。食べられそうですか?」
「ありがとう。いただこうかな」
こはるが身体を起こそうと手伝いに来る前に、努力して素早く半身を起こした。
スープ皿を乗せた盆ごと受け取り、ほんのりと湯気がのぼるスープをスプーンですくい、口に運ぶ。
「……うん、美味しい。こんな美味しいもの食べられるなんて、俺は幸せ者だよね」
「そんな、普通の味ですよ? 暁人くんのような味はわたしにはまだまだで……」
「俺にとっては、これが一番美味しいんだ。君と同じでね」
「え?」
「うん、本当に美味しい」
そうしてあっという間にスープを平らげた。他に食べたい物はないかという質問には、今はいいやと答えておく。
「こうしてこはるが居てくれるだけで、胸がいっぱいになってしまったからね」
「もう、駆くんたら……大袈裟すぎます」
今のは冗談などではなく本当のことだったのだけれど、くすくすと小さく笑い始めたこはるにはそうは聞こえなかったらしい。
じゃあ片付けますねと盆を下げて部屋を出て行こうとした。それを、
「……こはる」
名前だけを呼んで引き留める。
意識して僅かに変えた声色に、こはるは盆だけをサイドテーブルに置いて、元の定位置まで戻ってきてくれた。
ベッドの側へ引き寄せられたイス。
そこへ再び腰を下ろしたこはるの手を、そっと握る。
「いつもありがとう。それからごめん。面倒とか、かけてばかりで」
ふるり、と首を振ったこはるは、柔らかな笑みを浮かべてこう言った。
「わたしは、駆くんと一緒にいられるだけで楽しいですし、嬉しいです」
だから気にしないでください。そう結んで、手を握り返された。
「……」
知らず、自分は口元を歪めていたらしい。駆くん?と不思議そうに名を呼ばれて、ようやく気付いた。
「ああ、うん。……そんな風に可愛いことされると、この中に引き込みたくなってくるなあ、って思って」
途端、こはるがぎょっとしたように目を見開いた。同時に彼女の手を握る力を強くする。
反射的な後退を阻まれて、ガタタ、とイスが中途半端に音をたてた。
(……うーん)
一緒の布団に連れ込まれる、という状況を正しく理解できるようになってしまった彼女について、その成長を悦べばいいのか惜しんだらいいのか、よくわからない。
「そ……、そういうことは、ちゃんと元気になってから、です」
「元気、ね。ある意味元気にはなってる気はするんだけどな。別なところが」
「? 別なところ?」
迂闊にも拾わなくてもいいところを拾ってきたこはるに内心苦笑しつつ――そうだよとばかりに真摯かつ爽やかな表情で頷いてみせた。
そうやって具体的な解答を示さないでいたことで、こはるは自分で考え始める。そうして、自信なさげに答えた。
「別……ええと、身体ではなく、気持ちが元気になる、ということでしょうか」
おお、当たらずとも遠からず。
「そうだね。間違い、でもないかな。まぁ、もっと物理的なものではあるんだけど」
「ぶつりてき……?」
当然ながらこはるはまるでわかっていなかった。
(……ていうか、これだよね。この初さ)
どこか背徳感めいていて半ば自分にもダメージが返ったりはするものの、でもやめられないとまらない――要するに、この時の自分は大いに悪乗りしたのだ。
さらにこはるを煙に巻こうと、別な言葉を紡ぐ。
「そうだね、息子、とも言うかな」
「む……息子!?」
頓狂な声をあげたこはるは、蒼白になりながら聞いてくる。
「か……駆くん、それは……か、隠し子……ということです、か……?」
「うーん……そうだね。確かに、普段は隠してるかな」
「!!」
何も間違ったことは言っていない。
が、全てを真に受けたこはるは、こちらの予想以上にショックを受けてしまっているようだった。
じくり、と胸の奥が疼く。
(うーん、さすがに可哀想になってきたかも)
「……でもねこはる。俺は、君と二人の時はあまり隠してない気がする」
「え……?」
こちらが出した助け船に、こはるはどうにか乗っかってきた。――それが泥舟とも知らずに。
「え、あの、……わたし、お会いしたことがあるんです、か」
「あるね。というか、ついこの間ご対面してもらったばかりじゃないか」
「ええ!? で、でもわたし、そんな方とは全然――」
「こはる」
軽くパニックを起こしそうな彼女の名を強めに呼び、我に返らせる。
彼女の意識を、混沌とした思考ではなく、自分へ集中させたことを確認してから、にっこりと告げた。
「こはる、一つ教えてあげるね。「息子」って言葉にはね、もう一つ別な意味があるんだ」
「べつ、の……?」
「といってもそれは本来の意味じゃなくて、隠語とか俗語みたいなものなんだけど」
「いんご、に、ぞくご……です、か」
そうした言葉も知らなかったらしく、こはるは今も持ち歩いているメモを取り出そうとした。
それを手で制止すると、怪訝そうに首を傾げられる。
(まぁ、知らなくてもいいことだし……それに、きっとすぐ、嫌でも覚えるだろうからね)
そうして俺は、こはるの混乱を収めるべく、一つの回答を口にした。
「息子って言葉にはね、男性器っていう意味もあるんだ」
「だん、せい、き……?」
聞き慣れてはいないだろう単語を辿々しく口にした後、時間にして三秒半ほど。
「…………っっ!!!」
(あ、それは知ってたんだ)
どこで覚えたんだろうなあ、この家にあった初心者向けの医学書あたりかなあ、などと暢気に考えているうちに、こはるはこの上なく真っ赤な顔で、ぱくぱくと口を動かし続け――そして。
「駆くん!!!!!」
穏やかな晴天の最中、我が家に大きな雷が落ちた。
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(ノルンフルコンプして一番最初に書いた話がこれだったとか)正直すまんかった。