The day of glasses
メガネ旦那と嫁月子たん。
短文ですが更新してなさすぎなので、部誌じゃなくてこっちに放置する暴挙。
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「あれ?」
確か洗面台に置いておいたはずなのに、風呂から出てみると何もなくなっていた。
念のため洗面台の周りと、脱衣所そのものを確認する。やはりどこにもない。
何かのはずみで床に落ちたとか、そういった偶発的な事故ではなさそうだ。
誰かが、何らかの意図を持って持ち出したと考えるのが妥当だろう。
(……つまり)
先程、ここに置いておくねとバスタオルを持ってきて出て行った彼女が犯人に違いない。
*****
犯人は優雅にもソファに座って、「それ」を丁寧に拭いていた。
「……ねえ、何してるの」
「郁のメガネを綺麗にしてるの」
「それぐらい見ればわかるよ」
ため息混じりに告げて、彼女のすぐ隣に腰を下ろす。必要以上に身体を寄せて体重をかけてやると、邪魔しないで、と作業の手を止めて押し返された。
一体なんなんだと思っていると、こちらの顔を見た犯人が可笑しそうな笑顔になり、あのね、と自供を始める。
「今日はメガネの日だって聞いたから」
「メガネ……って、なにそれ」
「ほら、10月1日を「1001」って書くとメガネのツルとレンズみたいでしょ? だからなんだって」
正直――どう反応したものか、困ってしまった。
ただ一言、くだらないと切り捨てるのは簡単だけれど、それはさすがに大人げないと思う。
結局、月子に気付かれないよう小さなため息をつきつつ、世の中の記念日なんてそんなものだよな、と色々を飲み込んだ。
「そんなの初めて聞いたよ」
「私も初めて聞いたもの」
だからね、とツルの部分を丹念に拭きながら、月子は嬉しそうに続けた。
「せっかくだから、何かしてみようかなって」
ツルを拭き終わったのか、今度はメガネを持ち上げて電灯越しに覗き、レンズ部分を拭き直している。
(……本当、変わらないな)
もう出会ってから五年も経つのに、彼女はあの頃と同じ「おかしなやつ」のままだ。
こんなくだらない記念日すら、僕のために何かをする日に変えてしまうのだから。
(だから……子供っぽい、とは言わないでおいてあげるよ)
「あっ」
隙をついて月子の手からメガネを取り返して、装着。……うん、少しだけ視界がくっきりしたかもしれない。
「まだ途中なのに」
小さく頬を膨らませる彼女に、にっこりと微笑みかける。
「じゃあ、今度はメガネをかけた僕を大事にしてよ」
「えっ」
「……何、その不満そうな顔」
「だって、今日はメガネの日なだけで郁の日じゃないし」
「ふうん。月子は僕よりもメガネの方が大事なわけ?」
「そうは言ってな……っわ、ちょっ」
細い身体を強引にソファへと押し倒して、途端に赤くなった顔に自分のそれを近付ける。
「ねえ。僕もこのメガネみたいに労って欲しいんだけど?」
「い、いたわるって……」
「わからないとは言わせないよ? ……どうしたの、あんなにたくさんしたのに忘れちゃった?」
「っ!」
ますます顔を赤くして、組み敷いた身体が強張るのがわかる。本当、いつまで可愛いままなんだろうね、僕の奥さんは。
「ほら、早く。でないと今にも力尽きて倒れるかも。まあ僕としてはそれでもいいけど、でも無闇に月子を押し潰したくはないし」
「……ぅ」
そうして、真っ赤な顔の月子が、そろりと頭を持ち上げるまでに要した時間は――八秒くらい。
やれやれ。この分じゃ「お子様」って言葉を返上するのはまだ先みたいだ。
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今日がメガネの日と聞いてついカッとなってやった。本当はもうちょっとあったけど諸事情で割愛した。
とりあえず反省はしていない。