Route G After
ついカッとなって出した捏造ゾディアック本「Route G」のその後的な小話。
※本自体は完売済みです。
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「姉さん。琥太にぃのこと、覚えてる?」
ここ数日、どう切り出したらいいのかとか、どのタイミングで聞けばいいのかとか、ずっと悩んでいたことは、口に出してしまえばどうということはなかった。
「琥太にぃのこと? 当たり前じゃない」
姉さんは何を今更、とばかりに相槌を打って、それから少しだけ遠い物を見る目になった。
「今頃どうしているのかしらね。もう五年になるのかしら……急に姿が見えなくなってそれっきりだもの」
「……そう、だね」
五年前。"Tears of the Polestar"が世間から姿を消した頃――それは、目の前の姉さんを救ったのが原因かもしれなかった。
本当のことはわからない。
けれど、当時の姉さんは自分には秘密で"Tears of the Polestar"を探す琥太にぃと行動し、そしてそこで致命傷を負ったらしい。
姉さんを失ったと思った琥太にぃはその後も独りで"Tears of the Polestar"を探し続け、Zodiacという組織を作り、そこに自分も招き入れられた。
何も知らなかった自分にとって、Zodiacは姿を消した姉さんを探すのに利用できそうだった。だから協力した。
そして、結果として――敵対組織に属していた姉さんと、その親友であるスピカ――月子ちゃんと共に逃亡生活の真っ最中だ。
「郁を見つけることができたんだもの。もうしばらくして落ち着いたら、今度は琥太にぃを見つける番かなって思うんだけど」
「うん。琥太にぃのことだから、どこかで適当にしてるんじゃないかな。昼寝してばっかりとか」
「そうかもね」
くすりと笑う姉さんからは、一体どこまでわかっているのかをはかることはできなかった。
***
姉さんの部屋を出てから自分に割り当てられた部屋に戻る気になれず、テラスでぼんやりと夜空を見上げていた。
"Tears of the Polestar"を追っていた頃には、夜空なんてろくに見上げることはなかった。
そんな暇も、心の余裕もなかったから。
そして――見上げればすぐ、どこにいるのかわからない姉さんのことを思い出してならなかったから。
「……郁?」
声に振り向くと、ラフな格好をした月子ちゃんが居た。
「どうしたの、こんなところで」
「月子ちゃんこそ」
「私は定期連絡で」
言って、月子ちゃんは手にした小型の受信機のようなものを掲げてみせた。
FMS解散後、攪乱のため一人で活動を続けているカノープスや、各地に散り散りになった元メンバーから情報が定期的に届けられているらしい。その他にも多数の協力者からのバックアップがあるようで、琥春さんの顔の広さを思い知らされる。
「……どうかしたの?」
じっと見つめてくる瞳はいつも通りに真っ直ぐで、逃げようとする意欲はあっさりと霧散した。
軽く肩を竦めてから、再び夜空に向き直る。月子ちゃんが隣に並んだところで、少し重い口を開いた。
「姉さんに、琥太にぃ……Libraのことを聞いてみたんだ」
月子ちゃんがこちらを見上げた気配がした。視線を夜空に固定したまま、続ける。
「本当に、覚えてないんだな」
致命傷を負い、文字通り奇跡的に命を取り留めた姉さんは、"Tears of the Polestar"に関わる記憶全てを失っていた。共に"Tears of the Polestar"を追い求めていたLibra――琥太にぃのことも含めて。
もちろん、それよりも前のことは覚えている。今の姉さんは、「琥太にぃ」としての琥太にぃしか知らない。
「そうみたいね。私も……「琥太にぃ」さんのことは、幼馴染みとしての話しか聞かなかったから」
苦笑する。「琥太にぃさん」なんて、不思議な言い方だ。
「でも、きっと会いに来てくれる」
力強い声に、視線を夜空からすぐ隣へと落とす。
声と同じ、力強い瞳と視線がかち合う。途端に、広がっていく奇妙な安心感。
「私はそう信じてる。……郁は?」
その問いは、答えるのも馬鹿馬鹿しいくらい、答えが明瞭で、勝手に口元が緩む。
「もちろん。それに、琥春さんも言ってたけど」
テラスに置かれていた彼女の手を取り、自分のそれを重ねる。
「君が言うと本当になる気がする」
「郁……?」
手をゆるく握ったまま離さない自分を、訝しそうに呼ぶ。
そうやって君は、何の自覚もなく行動するんだ。
「君は、僕や姉さんだけでなく、琥太にぃも救ったんだ」
きょとんとするその瞳を見つめて、心からの言葉を告げる。
「本当にありがとう。君にはどんなに感謝してもし足りないくらいだ」
「そんな、私……私は、もう誰も悲しむところを見たくなかっただけ」
ふるりと小さく首を振った彼女は、けれど小さく笑みを浮かべてみせた。
「でも、役に立てたのなら嬉しい」
「月子ちゃん……」
加減を全部忘れて、今すぐにでも彼女を抱き締めたい。そんな衝動にかられる。
でも、それは彼女の信頼を裏切ることになる――そんな気がした。
だから代わりに、握ったままの手をもう少しだけ強く握った。
「……月子ちゃん。一つ、お願いがあるんだ」
「何?」
(……う)
そう、真剣な目でじっと見返されると、何だか微妙に居たたまれないというか。
「その、これからも、しばらくは……三人で暮らしていくわけだし」
「?」
「月子、って呼んでもいいかな。君のこと」
「え……」
大きな瞳が僅かに見開かれたのは、驚きに、だろうか。
そこに嫌悪が混じっていないことを祈りながら、言い訳じみたことを付け加える。
「君はもう僕のことを「さん付け」しなくなったのに、僕だけ「ちゃん付け」なんて、他人行儀だなって思って」
「あ……うん。そうだね」
結構苦しい言い訳だったけれど、彼女はそれで納得してくれたようだった。
「いいよ」
「本当に? じゃあ……月子」
「!」
早速呼んでみると、彼女はちょっと狼狽えたように目を泳がせた。その頬は少し赤い。
「月子?」
「わっ」
その顔を覗き込むようにすると、驚かれた上に後ずさられた。
けれど、手はしっかりと握ったままなので、互いの距離はそう変わらない。
「……あれ? もしかして、照れてるの?」
やや意地悪く聞いてみると、彼女はもごもごと小声で答えた。
「だ、だって……男の人から呼び捨てにされるのなんて、幼馴染み以外になかったから……」
「君にも幼馴染みがいるんだ」
「うん。……今は、どうしているかわからないけれど」
頷いた彼女は、伏し目がちに呟いた。
確かに、その幼馴染みが堅気の人間であれ、裏の世界の人間であれ、身を隠して生活している彼女にはおいそれと会うことはできないだろう。
一時は離れ離れになってしまったけれど、こうして一緒にいることができている自分と姉さんは、とても幸せなケースなのだろうと、そう思う。
「でも、きっと元気にしてると思う」
「そうだね」
だからその分も、自分は――自分と姉さんは、彼女を幸せにする義務があるのだと、そう思う。
「……あ、あの、郁」
「何?」
「そ、そろそろ……その、手、離してもらってもいいかな」
ぼそぼそと言った彼女の目は地面に向けられていて、ついでに言うなら耳までちょっと赤くなっている。
(……まったく)
さっきまでの力強さは何処へ行ったのだろう。
こうして見ると、彼女も年相応の女の子なんだなと思える。
「嫌だ、って言ったら?」
「え?」
握って離さないままの手をゆるく引っ張って、それを口元へと持っていく。
「僕はもっと、君のことが知りたい」
「あ、あの……郁?」
「ダメ?」
コツ、と音を立てるようにして、一歩を詰めようとして――
「ダメに決まってるでしょう」
割り込んできたのは、離れ離れになっていても忘れなかった、聞き慣れた声。
「有季!」
「姉さん!」
彼女と同時に振り向く。
そこには、目が笑ってない笑みを浮かべた車いすの少女が一人。
「郁? 一体何をしてるのかしら」
「え。な、何もしてないよ。ねえ?」
慌てて握ったままの手を離す。
「え、あ……その」
困ったように視線をさ迷わせている彼女を見た後、姉さんはジト目でじーっとこちらを見つめてくる。
あはは、と乾いた笑いで応えると、姉さんはふう、とため息をついた。
「まあいいわ。月子、連絡来た?」
「あ、うん。来たよ」
「じゃあ確認しましょう。私の部屋で」
「わかった」
「私の」という所を妙に強調して言った姉さんに、彼女は安心したように大きく頷いた。
二人はさっさと行ってしまい、後に一人で取り残された。
「姉さん……」
はあ、と大きく息を吐き出す。
ため息をつきたいのはこっちだった。
***
それからも姉さんのお邪魔攻勢は事あるごとに続いた。
確かに、「そう簡単に月子をあげない」とは言われたけれど、それにしたって度を超しているというか……。
そんなわけで、ある日意を決して抗議をしてみたところ。
「だって。せっかく郁と会えたと思ったら月子とばっかり仲が良いんだもの」
軽く口を尖らせて、姉さんは拗ねたように言った。
「そ、そんなことないよ」
「あったわ! 少なくとも私にはそう見えたもの」
怒り顔を拗ね顔に戻した姉さんは、しょんぼりと肩を落として続けた。
「……だから、ちょっとだけ、寂しかったの」
「姉さん……」
膝を折って、目線を車いすの姉さんと同じ高さに合わせる。
それから、膝の上に置かれた姉さんの手に自分の手を重ねた。
「ごめん。僕は姉さんが一番大事だよ。……でも」
逆接の言葉に、俯き気味だった姉さんの顔が上がる。
「それと同じくらい、彼女のことも大切な存在だと思ってる。彼女がいなかったら、僕はこうして姉さんと会えなかったから」
「郁……」
ふにゃ、と姉さんの顔が笑みに変わる。
「それは私も同じよ。全部あの子のおかげだもの……感謝してる。だから、あの子には幸せになって欲しい。私達の何倍も」
「……うん。そうだね」
どうやら、姉さんも自分と同じ結論に辿り着いていたらしい。
そう――だって僕らは双子なんだから。
彼女を大切に想う気持ちすらも、共有する。
「……だから、私の目が黒いうちは郁に月子を渡すわけにはいきません」
「え!? そこに繋がるの!?」
「当たり前じゃない」
呆れたように言って、
「だから、覚悟しなさい郁。そして」
姉さんの目が優しく細められる。
「いい男になりなさい。私と、あの子をちゃんと守れるぐらいに」
「姉さん……」
きゅ、と姉さんの手を握る。
彼女の手も小さくて細いけれど、それ以上に姉さんの手はか細い。
「うん。頑張るよ」
姉さんが微笑むのにつられるようにして、二人で笑って頷き合った。
「まあ、郁がちゃんとあの子を幸せにしてあげられるようになったら、その時は……」
何故か姉さんはそこで言葉を止めた。
その時は?と聞き返そうとして、その表情がどこか迷ったような色を含んでいることに気付く。
黙って待つこと十数秒、姉さんはようやく口を開いた。
「……そうしたら、私は琥太にぃを頼るから」
「え」
「琥太にぃを探して、私の面倒は琥太にぃにみてもらったらいいかなって」
「姉さん……」
「今は何処にいるかもわからないけど……でも、あなたがあの子を守れるようになるまでには、時間はたっぷりあるでしょうしね」
微妙にしんみりしたかと思えば、何気に酷い事を言われていた。
「ちょっと、姉さん!」
「だから」
見れば――姉さんは、まるで彼女のような力強い笑みを浮かべていた。
「お互い頑張りましょう」
すっと、握った拳が差し出される。
「――うん」
こつ、と拳を軽く叩き合わせて――誓いを一つ。
誰もが幸せになりますように。
そう願ったスピカ自身が、誰よりも幸せであるように――僕たちは、そのためにこれからを生きていく。
彼女がくれた、幸せを胸に抱えて。
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本の中で、Geminiに月子を呼び捨てさせられなかったのが心残りだったりしたなど。