He's holdover.
ED後、月子たんの卒業式を適度に妄想。
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『校門で待ってる』
式が終わった後、頃合いを見て送信したメールは、最初から見てもらうつもりなどなかった。
単に、待っている間の暇つぶし。
時間を確認するために幾度となくフリップを開いては閉じる行為に虚しさを感じて、もう少し携帯らしい使い方をしてみただけ。
そう確か、携帯は体育館に持ち込まないよう注意があったはずだ。もちろん持ち込む奴は持ち込むだろうけど、彼女の真っ直ぐな性格を考えるとそれはない気 がした。
だから、さっき体育館を出て教室に戻った後に、式の余韻や同級生との盛り上がりを無視してまで携帯を見ない限りは、彼女がメッセージに気付くことはな い。
それにここで待っていれば嫌でも会えるはずだった。
卒業の記念に校門前で写真を撮らない学生は少数派だろうし、何より、存在自体が特別である彼女が、ここに引っ張られてこないわけがない。
「……」
それからさらに、携帯の液晶を覗いては進みの遅いデジタルの数値を確認することに没頭していると、学園内の方から騒がしい雰囲気が流れてきた。
(もうしばらくの辛抱、かな)
最後にもう一度携帯を開いて時刻を確認して、ポケットにしまう。
軽く校門に寄りかかり、ざわめきが近づいてくるのを待った。
「――あれ? もしかして、郁ちゃんセンセ?」
しばらくして聞こえてきたのは、どこか聞き覚えのある生徒の声。
「本当だ! お久し振りです!」
一年と少し前の記憶が一気に引き出されると同時、あっという間に卒業したての野郎共に囲まれてしまった。
そうして、俺のこと覚えてる? なんて下らない質問を適当にあしらっていると、周囲の空気がどことなく変わった気がした。
反射的に学園の方へ目をやって、なるほど、と得心する。
学年で唯一の女子生徒であり、星月学園最初の女子卒業生――彼女が、校門前にやってきたのだ。
彼女は幼馴染みやクラスメイトと連れ立って来たようで、まだこちらには気付いていない。それはつまり、先ほど送ったメールにも気付いていない、というこ とだろう。
(……まあ、別にいいんだけど)
事前に、今日は多分来られない、ということは伝えてあった。
琥太にぃからも陽日先生からも、来るなら職員用の席を用意しておくと言われていたけれど、大学の方でやらなきゃいけないことがあって、と断った。やるこ とがあったのは本当で、でもそれは昨日までにどうにか片付けてきた。
今日の自由を確信したのは深夜過ぎで、わざわざ連絡するような時間でもなかったし、何より気恥ずかしかった。そんなに来たかったのか、と言われればその 通りだったけれどーー最後に勝ったのはちっぽけなプライドの方だった。
式には保護者席に座って参加させてもらった。
ただ、先述した理由で卒業生が退場する前にさっさと出てきてしまったから、壇上から館内を見渡せた琥太にぃならともかく、保護者席の前方に座っていた彼 女には気づかれてはいないはず。
(気付かれないようにしておいて、でも気付いて欲しいなんて、……相変わらずバカなことをしてるな、僕は)
楽しそうに同級生と話す彼女から目を逸らし、卒業というイベントで無駄にボルテージの上がった野郎共に目をやると、ちょうどそのうちの一人が彼女に気付 いたようだった。
「あっ、おーい、こっちこっち!」
そいつがぶんぶんと腕を振ったのは、彼女を呼んだのではなく、彼女を取り巻くその一団――かつて実習時に教えた彼らを呼んだのだろう。
それに便乗する形で、今気付いた、というように振り向くと。
彼女がぽかん、とした様子でこちらを見ていた。
「久しぶり、月子ちゃん。卒業おめでとう」
当然の反応に後ろ暗い満足感を覚えながら、まずは先制攻撃。
にっこりと笑って、今ではひどく他人行儀な、かつての呼び方で彼女に声をかけた。
「いっ……水嶋先生。どうして」
「どうして? つれないことを聞くんだね、君は」
群がっていた野郎をほらどいてどいてと強引に押しのけて、棒立ちの彼女の前まで歩み寄る。
「可愛い元教え子の卒業をお祝いに来ただけだよ」
はい、と用意しておいた小さなブーケを差し出す。
困惑と不穏を孕んだ彼女の瞳は、その花に少しばかり緩和されたようだった。おずおずと受け取り、ありがとうございますと頭を下げる。うん、素直でよろし い。
さっすが水嶋ソツがないな、参考にしようマジで、などという外野は無視して、話を進めることにする。
「ところで、月子ちゃんは琥太……星月先生には挨拶しに行った?」
「え? いえ、まだですけれど」
「そう。じゃあ一緒に行こうか。僕も星月先生に話したいことがあるし」
返事を待たずにくるりと彼女を方向転換させ、その肩を押して歩き始めた。
「おいおい水嶋そりゃねーって!」
「最後に学園のマドンナを一人占めするのが何で元教育実習生なんだー!」
「すぐに戻るから、君らは君らでむさくるしい写真でも撮ってなよ。本当に呼ばれてるんだって、彼女もね」
何やら大騒ぎになりつつある後方には首だけ振り向かせてそう告げて、本当に?と見上げてくる彼女には軽く目配せしておく。
以心伝心――まあ、何か伝わったわけではないのだろうけれど、彼女は沸き立つ男共に向かって叫んだ。
「あのっ、ごめんね、なるべく早く戻るから!」
両手を合わせてごめんの仕草をし、彼女は早足で学園の方へ戻り始めた。
華奢な姿がどんどん遠ざかって小さくなる。
温もりの消えた両手を握りしめて、気持ち大股で追いかける。
学生用の昇降口ではなく職員用玄関へ向かっていくと、騒がしい気配が随分と和らいだ。
「来れない、って言ってたよね」
人目が少なくなってから、彼女はそう切り出した。
「たぶん来れない、って言ったと思うけど?」
それは嘘偽りのない事実だ。
彼女も告げられたときのことを思い出したのか、何の反論もなくそのまま俯いた。そして、ごそごそとポケットから何かを取り出す。
「うん。だから、このメールを見たとき、本当にびっくりして」
彼女が開いた携帯には、確かに先ほど送信したメールが表示されていた。
「……それ、気付いたんだ」
「郁から、お祝いのメールとか、来たりしないかなって思ってたから。朝からずっと持ってたの」
色々を見透かされたような気がして、次第に気恥ずかしさが広がっていく。
そうして口をついたのは、いつもの意地の悪いセリフだけ。
「それにしては、さっき僕を見て随分驚いてたようだけど?」
「あれは、……郁に会うの久しぶりだったし、周りにみんなもいたし、どうしたらいいかわからなくて」
「校門に来るのもゆっくりだったよね。それも、たくさんの男共をはべらせながら」
「それは、一人で抜け出して来ようと思ったら気付かれちゃって、そしたらみんなで行こうって話になって……うまく誤魔化しきれなくて、ごめんなさい」
謝罪の言葉だけでなく、彼女は律儀に頭まで下げてくる。
そんなこと、彼女の置かれた環境を考えれば容易に想像がつくことだ。
まして一年と少し前、三ヶ月もの間一緒に過ごしたことがあるのなら、わからないはずのない答え。
にもかかわらず、こうして「わからないふり」をしているのには理由がある。
先程、同級生の中にいた彼女を目の当たりにして、ひどく今更なことに気付いてしまったから。
彼女は確かに僕のものだけれど、僕だけのものじゃない、ということに。
彼女には彼女の世界があって、その中で僕を選んで――優しくて温かい手のひらを、僕に差し伸べて――くれたにすぎない。
もちろん、物理的に彼女を独り占めすることは不可能だとわかっている。わかっているけれど。
そうやって、わざわざ頭まで下げさせてしまったことに、この上ない罪悪感に囚われる。
「いいよ別に、謝らなくて。……僕も、急だったしね」
なのにそれでも、「ごめん」の一言は言えなかった。
手を繋いでもいない、まして抱きしめることもできない――月子との繋がりを、肌で感じられないうちは。
信じてもいいものはここにあるのだと、心の底から実感できないうちは、まだ、素直に口にすることができない。
それに、久しぶりに会えたと思ったら、その姿が他の野郎に囲まれていたんだ。それで心穏やかでいられるほど、僕は心の広い人間じゃない。
彼女が思いついたように聞いてきた。
「ねえ郁。星月先生が呼んでるって、本当なの?」
「本当だよ」
『遅れてでも来れるようだったら、後であいつと顔出しに来い』、卒業式への参加を断った時、琥太にぃは確かにそう言った。
……嘘は言っていない、よね?
「それよりも、月子の制服姿もこれで見納めと思うと、少し寂しいね」
「……うん。これを着れなくなっちゃうのは、確かに寂しいかも」
「寂しいなら、着てくれてもいいよ? 僕の前でだけならね」
「ええと……それだとコスプレみたいだから、遠慮しときます」
引き気味にそう答えると、この話題は終わりとばかりに彼女は前を向いてしまった。
そのまま彼女の横顔を見つめていると、ゆっくりとその表情が笑みに染められていくのがわかる。
やがて視線に気付いたらしい彼女はこちらを向き、その頬を僅かに染めながら言った。
「今日は郁に会えないって思ってたから、嬉しい」
油断していたところを、ガツンとやられた気がした。
そうしてぐらりと傾いだ何かを慌てて引き戻そうとすると、
「来てくれてありがとう、郁」
さらなる追い打ちをかけられる始末。
(全く、月子は……!)
内心舌打ちしながら、ざっと周囲を確認する。
人目はかなり減ったとはいえ、ないわけじゃない。
彼女も卒業したとはいえ、まだここは学園の中だ。
一応自分にも、最低限の分別というものはある。もしここが二度と訪れることのない場所だったなら、まだ思い切れたのに。
「……そんな、お礼を言われるようなことじゃないよ」
結局、思いっきりそっぽを向いて視界から彼女をなくすことで、どうにか衝動を抑えきることができた。
(ああ、格好悪い……)
横を歩く彼女が、くすくすと笑っている気配がする。反撃と称して苛めてあげたいところだけれど、今彼女を見たら元の木阿弥だ。
いっそ人目なんか気にせず抱きしめて、唇を奪って、――そのまま、どこかに連れ去ってしまえればいいのに。
しばらく無言のまま歩いた。
彼女の方を見られないから、目に入ってくるのは学園の風景ばかりだ。
山奥なせいか緑は多い……といっても、今はまだ二月だから、葉の一枚もついてはいない。
当然、寒暖の差は激しい。でもその分空気は澄んでいる。天体観測にはうってつけだ。
専門分野を学ぶために、学生には勿体ないぐらいの機材が揃っている校内。
全寮制で、周りには何もなくて、それでも、星が好きな学生達が日々を過ごしていく場所。
ほんの一年と少し前、卒業して以来訪れたここは、こんな風には見えていなかったはずだった。
何もかもが空虚で欺瞞に満ちた、くすんだ世界。
それが月子に出会って、その手を取って――徐々に、今となっては劇的に変化した。
(こんな風に世界を見ることができるなんて、思いもしなかったんだ)
「郁」
呼ばれて声のする方を見る。
彼女は数歩先にいた。
職員用玄関前の三段しかない段差。その真ん中に立ち、こちらを見ている。
「……」
一秒もあれば縮められる距離なのに、何故か、手の届かないような錯覚に陥った。
彼女がどこか遠い存在に思えて――だからこそ、見とれてしまう。
「懐かしい?」
「……別に」
「ふふ」
くすぐったそうに笑った彼女は、やがて無言のまま、その手を差し出した。
触れなくたってわかる、温かで優しい手のひら。
吸い寄せられるように一歩を踏み出しかけて――
「……っ」
ギリギリのところで、我に返った。
開いた距離を一歩で詰めて、もう一歩で段差の一番上に乗る。
不思議そうに見上げてくる彼女に、とりあえず思いついたままを口にした。
「待ってよ。それは、僕からやるものでしょ」
「そんなこといつ決まったの?」
「今」
きっぱりと断言して、これまでもしてきたように、彼女の前へそっと手を差し出した。
「月子は、僕と手を繋ぐのがそんなに嫌?」
やや膨れ気味の彼女を覗き込む。
でも彼女は自分とは違い、目を逸らすことはなかった。代わりに頬を少しだけ赤くすると、
「嫌だったら、自分から誘ったりしない」
いつものように手を乗せて、するりと指同士を絡ませてから、
「すごく好き」
そんなことを、付け加えた。
「僕もだよ」
ぎゅ、とその手を握って、軽く――柱の影に隠れる位置まで――引き寄せてから、その耳元に囁いた。
「もちろん、月子のこともね」
一気に真っ赤になった顔を腕の中に閉じ込めてしまいたい衝動と戦う。
そうして手のひらは繋いだまま、確かな繋がりを感じながら――数秒をかけて一歩を踏み出した。
「さ、行こうか。校門の男共を待たせすぎると後が面倒だしね」
「……うん」
月子がいて、月子を感じるだけで、世界はこんなにも鮮やかになる。
だから、お礼を言うのは僕の方だ。
(ありがとう、月子)
そろそろ僕も、天の邪鬼からは卒業しないといけないのかもしれないね――
*****
琥太にぃへ簡単な挨拶(あと、何でか姑臭い小言っぽいものを頂戴しつつ)を済ませて、職員用の玄関を出た。
「この後はあいつらに君を返すけど、夜は僕だけに時間を割いてもらえるかな」
「えっ……」
「嫌?」
「い、いいけど。あ、一応外出届、出さなきゃ……」
「あれ、何慌ててるの? 卒業のお祝いに、おいしい食事でもご馳走しようと思ったんだけれど。……どうしてそんなに顔が赤いのかな」
「……楽しみなだけです」
苦しすぎる言い訳に、こらえきれずに吹き出した。
しかもツボに入ってしまったみたいで、中々笑いが収まらない。
「それじゃ、先に行きますから!」
怒ってしまったらしい彼女はそう言い捨てて、かなりのスピードで走り去ってしまった。
「あっはは……もう見えなくなってるし」
ようやく笑いが収まったあたりで、確信した。
(ダメだな。もうしばらくは、天の邪鬼から卒業できそうにない)
だって、月子の反応が可愛すぎるから。
あんなに可愛くて面白いものを見られなくなるなんて、正直耐えられない。
(月子が悪いんだよ? 僕を、こんなに夢中にさせて)
そうして見上げた冬の空は、可能性の広がりを表すかのように、どこまでも高い。
いつかこの空の下で、学生達と日々を過ごせるようになれたらいい。
そして、願わくばそのときも――その後もずっと、彼女が側にいてくれますように。
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初回CD後日談→グッドED(→デートCD)の流れにおける、メガネの余裕の目減りっぷりは異常。
お前本当わかりやすいな!!(指さし爆笑萌え)